「自分ひとりで決めてきた」という勲章
自分のことは全部ひとりで決めてきた。ぼくはそれを、どこか誇らしげに思っていたフシがある。
どの学校に進学するか、部活はどれを選ぶか、大学を休学したこと、就職先、そして転職。人生で大きなイベントがあるときでも、誰にも相談せず、自分で結論を出して、完全に決まってから事後報告する。遡れば小学生ぐらいから、ずっとそんな人生を送ってきた気がする。
誰かに意見を求めても結局の答えは自分の中にしかないし、自分の人生を他人にコントロールされたくない。極端に言えばそんなスタンスで生きてきた。
そしてそれを、「地に足がついている」と感じていたのが今までのぼくだ。
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でも最近、こういう生き方って本当にしあわせなのかな?と感じるようになってきた。きっかけは、「自分の話を全然しない自分」に気づいてしまったから。
ぼくには恋人がいるんだけど、彼女には「もっと気軽に相談してほしいし、今日はこんなことあったよ〜って話してほしい」とよく言われる。で、自分自身振り返ってみても、「今日あったこと」とか「こういうことに悩んでるんだけど」みたいな話を全然してこなかったなあと思ってる。
彼女のことは100%信頼しているし、いちばん心を許せる存在なんだけど、なぜかぼくは「自分のことを話す」がめちゃくちゃ苦手みたいなんだ。
もっともっと遡ると、学生時代でも家族に「今日は学校でこんなことがあって〜〜」みたいな話をしたことがない。男の子あるあるかもしれないけど、親から見れば「この子はなにを考えてるんだろう?」と思ったに違いない。
そんな癖がついたまま二十数年間生きてきたもんだから、今でもぼくは「自分の話」をするのがとても苦手だ。こうやってnoteを書いたりするのは全然できるんだけど、誰かに直接、自分の話ができなくなってしまった。
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でもこれは「直すべき癖」だと思っていて、だって普段一緒にいてくれる人からすれば、「全然心を開いてくれないなあ〜」と思ってしまうはずだから。
恋人や親友には100%心を開いているつもりなんだけど、相手にはそれが伝わってないかもしれない。これってあんまり健全じゃないよねって。
相談することがいつでも正解じゃないし、自分の中で煮詰めるほうが性に合っているのは変わらないと思う。でも、「今日あったことを報告する」とか「最近こんなことを考えてる」って言うのは、お互いの信頼のためにも大事だなって思うんです。
まあこんなことを書いていても、きっとすぐには直らないと思う。凝り固まった癖をほぐすには、なかなかの時間がかかりそうだから。
だから最初から謝っておきたい。すぐには素直になれないけど、徐々に頑張っていくから許してよって。
とりあえず、「今日の晩ごはん」を彼女に報告することから始めようと思います。