優しさ至上主義
今日はいつもお世話になっている、レストランにお邪魔した。これから自分の会社で始める新規事業のサンプルとして、そのレストランとコラボさせていただきたいとお願いに伺うためだった。僕の拙い話しを真面目に聞いてくれたママとマスターは、僕らのお願いを快く受けてくれた。(ここではお店のお客さんたちから呼ばれている愛称で呼ばせていただきます。)
今日はその中で感じたことについてまとめていく。
事業の説明をある程度した時、ママがこう言った。
「こう言う内容なら、もっと大きなお店に声をかけた方が良いんじゃいかしら?」
僕らは僕らの会社について話し始めた。「優しい時代をつくる」という目標のもと、会社を運営しているということ。お金儲けをしたいのではなく、自分たちの持つスキルや知識を必要としている人たちに届けたいということ。まずは良い人たちから応援していきたいということ。
自分たちが提供しようとしているものの価値には、もちろん自信がある。その上で、それを儲け第一ではなく、優しさ第一で行きたいということ。
ママが正直に言ってくれたように、もっと大きな利益を見込めるお客はいると思う。資本主義の中での会社経営を考えれば、利益を求めていくことが常識であり、正解だと言える。
でも、それだけが正解じゃないはずだ。
もっと自由な回答があって良いはずだ。今の日本は資本主義のおかげで、とても豊かな国になったと思う。でも、その豊さは経済的なものであって、人の心や優しさは、もっともっと、豊かになれる余地があると思う。
実際、見て見ぬ振りは日常茶飯事だし、無意識の差別なんて至る所にある。誰かが「無知は罪だ」なんて言ってたっけ。確かに自分が無知であるが故に、誰かを傷つけたり、何かを失う瞬間がある。急に訪れるその瞬間に何度かハッとさせられたことがある。そしてそんな思いをするたびに、自分の小ささや未熟さを感じる。
僕は偉そうに何かを言える立場ではないけど、自分自身を含め、みんなもっと優しくなれると思う。優しくなれば、きっと資本主義で築いてきた豊かさに、さらなるエッセンスが加わって、もっと素敵で温かい社会になると思う。
僕らの会社は、優しい時代をつくる。だから、利益至上主義ではなく、優しさ至上主義で行ってみようと思う。まだまだできることも、社会に届けられるインパクトも小さいけれど、できることから少しずつ、目の前のことから少しずつ、優しさを広げていければなと思った。そして、資本主義下でのお金の価値のように、優しさの価値も広がって人々の心に浸透したら嬉しいなあと思った。
そんな未来が来ることを信じて、今日も頑張ろう。