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書籍レビュー『オーケストラの職人たち』岩城宏之(1998~2001)裏方の仕事を知ると、人生がもっと楽しくなる

【約1900字/5分で読めます】

【こんな人にオススメ】
・クラシック音楽に興味がある
・裏側が気になる
・社会人

【こんな時にオススメ】
・リラックスしたい
・仕事に悩んでいる
・知的好奇心を満たしたい

著者の岩城宏之は
「日本を代表する指揮者」

と紹介されるのが苦手だったそうです(笑)

指揮者としてのデビュー(東京藝術大学在学中に NHK交響楽団の副指揮者となった)が'56年です。

その後、世界中を飛び回って、主要なオーケストラで指揮をしたとのことですから、実際には、やはり「日本を代表する指揮者」の一人であるのは間違いありません。

ただ、本人はクラシック音楽を「堅苦しいもの」として捉えられるのが、嫌だったようで、「楽しい音楽をやる人」というような紹介のされ方を好んだとのことです。

指揮者でありながら
文筆家でもある著者は

多数の著作を残しており、本書を読んでもわかるように、文才のある方だったようです。

本書は'98~'01年に『週刊金曜日』に連載されたコラムをまとめた内容になっています。

コラムのタイトルは、「裏方のおけいこ」で、おもにクラシックコンサートを陰で支える「裏方」を紹介する内容でした。

著者は、この連載の前に「指揮者のおけいこ」というコラムも連載しており、そちらでは指揮者の裏話が披露されたようです。

本書でも「裏方」の裏話が多数披露されています。

クラシックコンサートを
陰で支えるスタッフには

楽器の運搬、ステージのマネージメント、写譜(楽譜を写す)、調律、チラシの配布まで、たくさんの業種の方々が携わっています。

それまで著者自身も知らなかった、それぞれの仕事について、編集者の手も借りながら、綿密な調査をして、時には、直接現場に同行しての取材を敢行したようです。

現場の生の声を、著者なりの魅力的な語り口で伝えられるので、これがおもしろくないはずがありません。

私が特に興味を持ったのは、楽器の運搬業者の話ですね。

クラシックのコンサートでは、小さなものから大きなものまで、多くの楽器が使われています。

ピアノに関しては、ホールに常設されたものを使うのが一般的なんだそうですが、その他の楽器に関しては運送業者が運んでいるとのことです。

しかし、どこの運送業者にできるものでもなく、楽器運びならではのノウハウが必要なこともあって、国内でも少数の経験と実績のある業者にしか、依頼しないんですね。

本書では「田中陸運」が紹介されていますが、同社が楽器運びのノウハウを得るきっかけになったのは、一人の外国人・ハープ奏者の依頼がきっかけでした。

楽器の中でも、ピアノと並ぶほど、運ぶのが大変なのがハープなんだそうです。

繊細な楽器ですし、形も独特で、いかにも運びづらそうな楽器ですよね。

このハープ奏者(ウィーン出身のヨセフ・モルナール)は、戦後間もない頃に NHK 交響楽団に招聘された方で、日本がいたく気に入り、契約期間を過ぎても日本に住み続けた人でした。

彼が住んでいた近所にたまたま田中陸運があったのがきっかけで、はからずも「ハープ運び」のノウハウを得ることになったそうなんですよね。

その後、モルナールが別のところに引っ越してからも、田中陸運に楽器の運搬を依頼し続けたとのことなので、いかにその仕事が素晴らしかったかが伺えるエピソードになっています。

とはいえ、なんのノウハウもないところからはじまっているので、最初の頃に、慣れない楽器運びに苦労した話も披露されています。

当時は専用のトラックもなく、オート三輪の荷台にハープを乗せて、楽器を抑えながら移動していました。

雨が降ると、そこへ油紙(ビニールがなかった)を被せていたのだそうです。

ここに書いたのは、本書の一端に過ぎませんが、コンサートに限らず、裏方の話を知ると、ものの見方が変わって、さらにおもしろくなるんですよね。

そんなおもしろさを指揮者のプロから見た目線で、ユーモアたっぷりに伝えてくれるのが、本書の最大の魅力です。


【作品情報】
初出:『週刊金曜日』(1998~2001年)
   単行本2002年/文庫版(文春文庫)2005年
   (河出文庫)2023年
著者:岩城宏之
出版社:文藝春秋、河出書房新社

【著者について】
1932~2006。東京都生まれ。指揮者。
ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、メルボルン交響楽団など世界の主要オーケストラで指揮を務めた。
'88年、日本初の常設室内管弦楽団オーケストラ・アンサンブル金沢を設立。

【同じ著者の作品】

『指揮のおけいこ』
(1999)
『チンドン屋の大将になりたかった男』
(2000)
『音の影』
(2004)

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