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書籍レビュー『動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』片野ゆか(2014~2015)動物たちと飼育員の心温まるストーリー

※2500字以上の記事です。
 お時間のある時に
 お付き合いいただけると嬉しいです。

動物園の昔と今

私が子どもの頃の
’80~’90年代の動物園
といえば、

動物たちが
冷たいコンクリートの壁に
囲まれて、

窮屈そうにしているのが
定番でした。

野生とは、ほど遠い
不自然な環境で過ごす、
動物たちは、

活発に動くこともなく、
ボッーとしている
印象が強かったです。

子どもながらに、
窮屈そうな動物たちを見て、
不憫に思うこともありました。

全国的に見ても、
その時代の動物園は、
どこも似たような状況
だったのではないでしょうか。

そんな状況に変化が出てきたのは、
2000年代に入ってからです。

その発端は、
北海道の旭川市にある
旭山動物園でした。

この動物園では、
動物本来の生態や能力を
ありのままに見せる
「行動展示」が行なわれました。

それまでの動物園の常識を覆し、
動物それぞれの生態に合わせて、
施設の設計を工夫し、

動物たちが
なるべく、野生動物と
近い活動ができるようにしたのです。

こうして、本来の姿に近い状態で、
動物を鑑賞できるようになった
旭山動物園は、

全国的にも話題となり、
来場者数を増やしました。

何よりも「行動展示」によって、
動物たちが生き生きとした
姿を取り戻し、

来場者側にとっても、
気兼ねなく楽しめる
施設となったんですね。

アメリカから伝わった
「環境エンリッチメント」

「行動展示」は旭山動物園が
有名にした展示方法ですが、

海外の動物園では、
’90年代から
こういった考え方がありました。

その展示方法をいち早く、
日本に伝えた本があります。

作家の川端裕人氏が書いた
『動物園にできること
 「種の方舟」のゆくえ』です。

この本は、本書の参考文献の
ひとつにも挙げられており、
今では日本の動物園関係者の
バイブルとしても知られています。

’90年代のアメリカでは
「環境エンリッチメント」
という考え方で、

「行動展示」のような
方法が模索されていました。

やはり、アメリカでも
この考え方が出てくるまでの
動物園では、

コンクリートだらけの施設が
一般的だったようです。

しかし、そんな施設では、
動物たちが
満足に過ごせるわけもなく、

次第に動物たちは、
エサを食べなくなってしまったり、

同じところをグルグルと徘徊する
異常行動をとるように
なったりしました。

そんな状態では、
繁殖も難しくなってしまうんですね。

「環境エンリッチメント」では、
動物本来の生態に着目し、
それぞれの動物に合わせた
自然環境(木や草)を用意しました。

エサもそのまま与えるのではなく、
草むらなどに隠して、
自ら探させたり、

入れ物に入れて、
敢えて取りづらくしたり
するのです。

こうすることによって、
動物たちは野生本来に
近い状態が保たれます。

異常行動もなくなり、
繁殖もうまくいくように
なりました。

『動物園にできること』では、
こういった動物園の苦労を
現地に行って取材し、

丁寧にまとめることによって、
日本の動物園関係者にも
この考え方を伝える役割を
果たしました。

そうして、2000年代に入ると、
前述したように
旭山動物園を筆頭に、

日本でも全国の動物園で
さまざまな試みがなされ、
動物園は大きく生まれ変わりました。

動物たちと飼育員の
心温まるストーリー

本書はそんな時代から
さらに10年を経て、
2010年代に発行されたものです。

執筆者の片野ゆか氏は、
動物関連のノンフィクションで
知られる作家さんで、

特にペットとしての
「犬」に関する著作を
多く手掛けてきました。

しかし、そんな彼女も
ペットのことはよく知っていても、
動物園の飼育動物のことを書くのは、
はじめてでした。

著者によると、
ペットと動物園の動物たちの
大きな違いは、

それぞれの動物の
環境に対する順応性の違いです。

人間がペットとして
飼える動物は、
人間の環境に合わせられる
柔軟性があるんですね。

ところが、動物園の動物たちは、
必ずしもそうではなく、
むしろ、環境の変化に弱い、
デリケートな動物が多いのです。

例えば、本書では、

「ペンギン」
「チンパンジー」
「アフリカハゲコウ」
「キリン」

以上の4つの動物について
書かれています。

特に、キリンの
デリケートさに関しては、
驚かされました。

なんせ、キリンといえば、
背が大きくて、
落ち着いたイメージが
強いですよね。

でも、実際には、
キリンという動物は、
とても怖がりで、

施設内のちょっとした変化でも
パニックを起こして、走り回り、

事故を起こしてしまうことも
多いんだそうです。

また、キリンは、
ワシントン条約によって、
海外の輸入を
禁止されている動物でもあり、

日本の動物園では、
その繁殖が目下の課題として、
あります。

個体数が少ないので、
飼育方法に関しても、
かつては、極端に情報が
少なかったそうです。

(今では、全国の動物園で
 情報を共有し合っている)

前述した
『動物園のゆくえ』は、
当時のアメリカの
動物園の事情について、

広い視点からまとめられた
非常に読み応えのある
ルポでした。

一方、4つの動物たちと
飼育員の奮闘を
つぶさに綴った本書は、

ドラマ性が高く、
フィクションの物語以上の
ストーリー性を感じました。

中には多くの人にとって、
興味の薄い動物も
いるかもしれません。

私はもともと、
ペンギンが好きなので、

ペンギンの話は、
最初から嬉々として
読んでいましたが、

アフリカハゲコウなんて、
本書ではじめて知りましたし、
最初は興味を持ちづらかったのも
正直なところです。

しかし、不思議なことに
読み進めていくと、
特に愛着のなかった動物たちも

身近な存在に
感じられるようになり、

最後には、彼らの話が
終わってしまうことに、
寂しさすら感じてしまいました。

文庫版となった本書では、
単行本の発刊後の
彼らのエピローグも
伝えられており、

最後の「あとがき」まで、
たっぷり楽しませて
くれるでしょう。

本書では、

埼玉県こども動物自然公園
(ペンギン)

日立市かみね動物園
(チンパンジー)

秋吉台自然動物公園
サファリランド
(アフリカハゲコウ)

京都市動物園
(キリン)

以上の4つの動物園が
登場します。

本書を読んでから、
訪れると楽しみが増すことは
間違いないです。


【作品情報】
初出:集英社WEB文芸『レンザブロー』(2014~2015)
   単行本 2015年
   文庫版 2017年
著者:片野ゆか
出版社:集英社

【著者について】
1966年、東京都生まれ。
求人広告の営業職を経て、
作家業へ。
2005年、『愛犬王 平岩米吉伝』で
小学館ノンフィクション大賞を受賞。

【同じ著者の作品】

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