無題
昨日は懇意にして
いただいてる方には、
心配させるような
つぶやきをしてしまい、
すみませんでした。
ショックなことは普段なら
それを書きます。
しかし、今回のことは、
相手の方がこれを見る
可能性もあるので、
安易には書けませんでした。
記事に書いて、
乗り越えなくては、
自分の中で区切りもつかないので、
書かせてください。
読んでいる方が、
不快な気持ちになるかもしれません。
自信のない方は読まないでください。
ここに書く話は、
あくまでも私の視点から
体験したことに過ぎません。
誰かを攻撃するつもりはないので、
誤解しないでください。
嫌な思いをしましたが、
悪意はなかったのかもしれません。
主義が違っただけのことです。
今にして思えば、
お互いに近づきすぎたことが
原因だったと思います。
トラブルがあった時、
どちらか一方に責任がある
ということはありません。
私にも落ち度がありました。
そのことは反省しています。
具体的に書くと、
名前を出さなくても
人が特定できてしまうので、
抽象的に書きます。
伝わらなかったら、
すみません。
誰なのかは詮索しないであげてください。
私は、その方が今後も
note での創作を
その方なりに楽しんでほしい、
と思っています。
そっとしてあげてください。
具体的には書けないので、
例え話で書きます。
例えば、あなたが記事の中で、
「私は文章を書くのが苦手だ」
と書いていたとします。
その記事を読んで、
私がその方の名前を出して、
記事のリンクまで貼って、
こうすればいい、
ああすればいい、
とアドバイスを書いたとしましょう。
あなたならどう思うでしょうか。
人によって感じることは
違うかもしれません。
記事の書き方によって、
または相手との関係性によっても
感じることは違うでしょう。
私はそういうことをされました。
仮に私の名前を出さずに、
その記事を書いていたなら、
そんなに気にならなかった
かもしれません。
でも、その方は、
記事の中に私を出して、
そういう記事を書いたのです。
私からすれば、
なんの敬意も感じられない、
嫌な書き方でした。
その方なりの
ジョークもあったのかもしれませんが、
かなり人をおちょっくった
文章だったんです。
私は悪意はないものと信じて、
とりあえず、
読んでスキをしました。
不快に思うのは、
自分が感情的になってる
だけかもしれないと思い、
時間をおいて、
もう一度読みました。
1回目に読んだ時より、
不快感が増した気がしました。
その時、私は明日から
ここで記事を書くのが、
なんだか怖くなりました。
想像してみてください。
あなたの書いた記事が
望んでいない形で引用され、
敬意のない形で名前を出され、
上から目線の文章に
巻き込まれることを。
私にもわかりません。
それが普通の感覚の人も
いるのかもしれません。
私の器が小さいだけ
なのかもしれません。
でも、私には耐えがたい
記事でしたので、
コメントを入れました。
「この記事を読んで
不快な気持ちになりました。
どういう理由があれ、
不快な気持ちなった事実は
変わりません」
「あなたがご自分の考えを書くのは
自由だと思いますが、
私を巻き込まないでください」
すると、その記事は削除されました。
内容には触れませんでした。
内容に触れると、
それを受け取ったことになるので。
そこに書いてあったことは
事実ではありません。
書いた方の妄想です。
これは私の個人の考えですが、
自分の記事に
なにを書いてもいいと思います。
ただ、そこに他者の名前を出す時は、
慎重になった方がいいです。
その人の名前を出したことによって、
あなたの書いた記事は、
あなただけのものではなくなります。
私はいろんな記事を読んで、
自分と違う考えが書いてあったり、
ひどい書き方がされていても、
それは自分のものではないので、
なんとも思いません。
今回の件は、
自分と他者の境界線を超えて
しまったことに原因があります。
その何日か前からサインは出ていたんです。
その方は、記事の中で、
何度か私の名前を使っていました。
私が自分の記事の中で、
「他の方の記事の中で、
自分の名前が出てくるのが嬉しい」
と書いたからです。
でも、それはあくまでも
書いた方の敬意が感じられる場合です。
その方は、
私のことを自分と対等に扱いたい
と言っていました。
これも今にして思えば、
失礼な話です。
私は人に対して、
「対等」などと言ったことが
ありませんし、
思ってもいません。
相手が上でも下でもないし、
対等でもありません。
お互いに敬意を持って
大事に接したいと思っています。
私は「対等」という言葉が出てきた時に
イエローカードを出すべきだったのです。
これは完全に私の落ち度です。
どんなに親密になっても、
たとえ家族であっても、
人は人、自分は自分です。
この境界線が狂ってくると、
おかしなことになります。
ついでに書いておくと、
このようなテキストだけのやりとりは、
異なる意見を持つ人と
議論するには不向きです。
文章で伝えられることには
限界があるからです。
文章という道具は、
そんなに優れたものではありません。
どんなに言葉を尽くしても
100%は伝わらないですし、
言葉の捉え方に違いもあります。
ですから、主義の異なる人とは、
距離を置くことをおすすめします。
特に、相手が議論を望んでいる場合、
乗らない方が賢明です。
ですから、私は議論はしませんでした。
どっちが正しいという話でもありません。
お互いに主義が違い過ぎただけです。
今回の経験をして、
そのことがよくわかりました。
不快に思う方がいたら、
本当にすみません。
でも、こうして書くことによって、
だいぶ気持ちが楽になりました。
客観的に捉えることができています。
最後まで読んでくださった方に
感謝します。