残るものが思い出と、ふくらはぎの筋肉しかない──11年間チラシ配りをしていた木村さん
街中でコンタクトレンズの割引券を配布するバイトを続けて11年。
そんな木村さんは本日がバイトの最終出勤日でした。
最終出勤を終えたばかりの木村さんに、11年間のチラシ配り生活で何を得たのか、そしてなぜこのタイミングで辞めて、就職することを決意したのか。聞いてみたいと思います。
ー最後の出勤を終えた、今の気持ちを聞かせてください
木村:あんまり終わった感はないですね。
ー何年間チラシ配りのバイトを続けていたんですか?
木村:高校1年生からなんで11年間です。
ー就職しようと思ったのはなぜでしょうか?
木村:今大学院生で、3月に卒業するんですけど、奨学金を数百万借りていて、このままバイトの稼ぎで返済していくのが難しいと思ったからです。
僕は、演劇を観たり、劇作するのが好きなんです。院に進学した理由も劇作家として書く力をつけたいと思ったからです。院に進学した方が奨学金の返済も待ってもらえる。だから休学期間も目一杯に使って創作に励んでました。
でも、とても自転車操業的な生活していたんです。貯金は勿論ない。お金も無いから週6日~7日バイトする。そしたら時間的な余裕もない。
ーはい。
木村:気づいたら演劇を観に行くことから、遠ざかってました。演劇にもっと関わりたかったから院に行ったはずだったのに。
このまま、院を卒業し、奨学金を背負いながら、コツコツ演劇と関わっていける自信がなかったんです。きっとこのまま自転車操業して、倒れたら、好きなことが嫌いになったり、好奇心が無くなるかわりに、色々なことを恨むだろうなと思ったんです。
だから、劇作の糧になる仕事で、かつ収入を得られる就職先があればそこで働こうと思いました。
ーチラシ配りで収入を増やすのは難しかったのでしょうか?
木村:チラシ配りは11年もやったんですけど、11年で時給が100円しか上がらなかった。新人の研修をしたり、それなりに実績を残していても、時給はあがらない。しかも、この仕事がなくなった時に残るものが思い出と、ふくらはぎの筋肉しかない。
ーでは、なぜこんなに長い間続けたのでしょうか?
木村:人付き合いがなくて楽だったんです。固定のバイトだと、職場の人とうまくやっていかなきゃいけない。けど派遣だとそこまで気にしなくていい。単発の関係で終われるんです。
あとは、チラシ配りやってるときってチラシ配りしかできないんですよ。
ーはい?
木村:携帯いじったり、PCみたり余計なことができないから逆に、「あれやりたい、これやりたい、あ、さっき悩んでたことってこういうことだったのかも?」って情報が整理されるんです。
やれることが制限される環境だからこそ、生まれる発想と欲求があったし、入ってくる情報が限定されているからこそ、整理されることがあった。
ー11年間のチラシ配布を経て、どんな気づきがありましたか?あるいは、どんな力がつきましたか?
木村:ふくらはぎの筋肉がつきました。6時間~7時間ずっと立ちっぱなしなの仕事なので。
ーそうですか。
木村:いや、でも半分冗談、半分本気で、そう思ってます。
冗談っていうのは、勿論ふくらはぎの筋肉以外にもいろいろ力はついたし、いい経験させてもらったと思ってます。
街中で、割引券とかを配るわけですけど、こんなに人とすれ違うことができる仕事ってない。配布してるのがティッシュじゃないから、通行人には、だいたい無視されるんですけど、無視の仕方の種類が色々あるんですよ。
ーそうなんですか?
木村:1番多いのが、ちらっとこちらを見て、黙って通過する人です。友達同士とか、家族で話ながら歩いていても、一瞬黙る。こういう人が多いです。
他には、軽く会釈してくれる人がいたり、まるで僕が存在していないかのように一直線で歩いていく人。道を轢いていくみたいに歩いていくんです。
ー無視されるのって辛くないんですか?
木村:最初は、「なんでこんな世の中冷たいんだ」って思ってました。でも考えてみたら、正直、割引券いらないですよね?笑 使わないならゴミになるし。「使いたい人に渡せればいい」と思ってやってたんで、そんなに。
ー印象に残っている出来事はありますか?
木村:たくさんあります。配布してたら突然、通行人に胸ぐらつかまれたりとか、いつも挨拶してくれるおばちゃんとか。1番は見知らぬおばあちゃんにお年玉もらったこと。
ーお年玉?
木村:ある日、いつも配布しているところを通るおばあちゃんがいて、「次の年金入るまでお金がないから、お金貸して」って言われたんです。
で僕、何を思ったのか、1000円渡したんですよ。
ー(笑)。
木村:勿論返ってこないと思ってたんですけど。年初めにいつも通りちらし配りしてたら、そのおばあちゃんが通って、「この間はありがとう」ってポチ袋渡してきたんです。
ーおお。
木村:プリキュアのポチ袋で、ああ、孫は女の子かな?って思ったんですけど、開けたら1万円も入ってて、「いいです、いらないです」って言ったんです。
だって、こわいじゃないですか?見知らぬおばあちゃんから一万円もらってしまうのって。
ーはい。
木村:でも「世話になったから」って言ってきかなくて、周りの歩いている人もそういう光景はよく見てるんですよ(笑)。
「美味しんもの食べるんだよ」
「じゃあ、ありがとうございます。また、困ったら返しますから」って言って受け取りました。
ーそのおばあちゃんはその後に会ったりしましたか?
木村:全然通らないんですね。けどプリキュアのポチ袋は今もとってあります。
だからチラシ配布、嫌いじゃないんですけどね、思いがけない出来事に遭遇するし。
ーチラシ配りをやめてこれからどうしていくんでしょうか?
木村:コンテンツマーケティングの会社で働きます。編集職です。働きつつ、これまで以上に創作に励もうと思ってます。
あと、今回みたいに、チラシ配布のときに経験した役に立たない思い出がたくさんあるので、ここで、思い出すためのきっかけとしてなんらかの形にしたいと思ってます。
インタビューイー:木村和博 執筆・取材:木村和博
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