Foraged Beer、それはビールという景観表現
「こんなビールをつくりたい」
はっきりと頭の中にあった青写真が、英語話者の世界ではすでに輪郭が与えられていた。
”Foraged Beer”(フォレッジド・ビア)
ドイツ研修の合間に訪れたオランダの醸造所で出会ったその言葉が、これからの道標のひとつとなった。
こんにちは。高知県日高村で地域おこし協力隊をしています、髙羽 開(たかば かい)と言います。
この「いきつけいなか」では、週に1回のペースで、協力隊の欧州ビール研修の様子を記しています。
今回の記事では、先日訪れたオランダの醸造所で知った”Foraged Beer“という言葉を軸に、高知県で僕がつくろうとしているビールについて書いていきたいと思います。
“採集された”ビール
普段はドイツの『Kemker Kultuur』(ケムカー・クルトゥーア)という醸造所で研修をしているのですが、Kemkerでの研修スケジュールに変更があり、急遽平日に2日間お休みができたので、オランダへ行ってきました。
訪れたのは『Nevel Wild Ales』(ネイヴェル・ワイルドエール)。
ブランド名にも入っているとおり、醸造所周辺で採取した野生酵母や微生物群使った「ワイルドエール」に特化した造り手です。
(「髙羽がワイルドエールづくりに取り組むわけ」については、以前別の記事にまとめたので、ぜひそちらもご覧ください)
2日間、麦汁の仕込み、マセレーション(※1)、ブレンディング(※2)、副原料(※3)の処理、木樽洗浄などの作業をお手伝いをさせてもらいました。
Nevelでは、Kemkerでの研修終了後に改めて1週間研修をさせてもらう予定もあるので、またご紹介できればと思います。
今日の本題は、そんなNevelの醸造家であるMattias(マティアス)との会話の中で複数回耳にした言葉。
”Foraged Beer”(フォレッジド・ビア)です。
「forage」は「(主に食料を)探し回る」「採集する」といった意味なので、直訳すると「”採集された”ビール」になります。
「採集ビール」と言われてもちょっとよくわからないので、ChatGPTに”Foraged Beer”の定義をたずねてみると、こう返ってきました。
「フォレッジド・ビアがクラフトブリューイングを大地へ連れ戻す」とタイトルがつけられたこの記事では、”Foraged Beer“を「地元の野生食材を調達することで、『ビール』と『ビールを生産した土地』とを再び結びつけようとするムーブメント」と表現していました。
醸造所が位置する地域で(商業的に)栽培された、ローカルな果物やハーブ、スパイスなどをビールづくりに用いることはよくありますが、"Foraged Beer"は、そこにプラスαで「野生の/自生している/在来の食材を使う」というエッセンスが加わっているんだろうと思います。
一言でいうと、「その土地の植生を表現するビール」と言えるかもしれません。
(必然のような気がしますが、”Foraged Beer”と形容されるビールをつくっている醸造所は、酵母に関しても野生酵母を使っているところばかりでした)
ほかにもいくつか"Foraged Beer"について書かれた記事を見てみると、必ず出てくるのが『Scratch Brewing Company』(スクラッチ・ブルーイング・カンパニー)という醸造所。
アメリカのイリノイ州南部に位置する醸造所で、記事のなかでは「野生食材を最も熱心に試している醸造所」と紹介されていました。
タンポポ、楢(なら)の木の落ち葉、くるみの樹皮、どんぐり、アンズ茸など、これまで数十種類の野生植物をビールに使い、多くのファンを魅了してきたんだそう。
2016年には、自然から採取した植物を使ったビールづくりについて、Scratch Brewingの創業者3人がまとめた本も出版されています。
今回訪れたオランダのNevelも、("Foraged Beer"という特定の言葉を使って自らのビールを対外的に表すことはあまりありませんが)自らの手で採集した、もしくは地元の小規模でサステナブルな生産者から購入した原料をビールに使っています。
ちょうどお世話になった日も、地元で採集した柳の樹皮、バニラの実などを使ったビールの仕込みをおこないました。
”Foraged Beer”に魅力を感じるわけ
地域に自生している植物を使ってビールをつくる、という構想はヨーロッパに来て”Foraged Beer”という言葉と出会う前からありました。
その構想を実現するための準備として、今年に入ってから、高知県内に自生する茶葉の収穫をお手伝いさせてもらったり、野草を使った調理法を教えてもらったり、「土佐の植物歴」という県内の在来植物がまとめられた本を片手に山を散策したりしていました。
(食材ではありませんが、高知県の陶土をつかった酒器づくりの準備も始めています)
ではなぜ、そのようなビールづくりに興味を持っているのか。どうして、”Foraged Beer”という言葉との出会いにめちゃくちゃテンションがあがったのか。
いろんな理由がありますが、そのひとつは「その土地の自然環境だからこそできあがるビールをつくりたい/飲みたいから」なんだと思います。
いまの時代、世界からあらゆる原料を調達することができます。ネットを探せばコンテストで受賞したビールのレシピも見つけられます。グローバル化が完了し情報が民主化した現代においては、ビールのスタイル(種類)、レシピ、製法は、再現性があります(「再現性がある=実際に再現できる」ではないですが)。
そんな中で興味を持ったのが、時間経過を内包した「地域の自然環境」です。
気候、土壌、地形といったその地域特有の環境に、人間を含んだ多様な生物の営みが複雑に影響し合い、長い時間をかけて出来上がった自然環境は、複製することができません。再現性は皆無です。
そんな再現不可能な「地域の自然環境」を表現したビールをつくることができたら、すごく面白いと思うんです。
高知県に自生する「サネカズラ」の種子のかすかなタンニン、「フユイチゴ」の酸味をともなったフレッシュな果実感、野生の酵母やバクテリアが生み出すファンキーな香り。その土地だからこそ生まれる固有の複雑性を備えた、調和の取れたビールができあがったら、めっちゃ美しくないですか。
Each beer is a portrait of that landscape
ここまでの文章を読んで、”Foraged Beer”からワインでよく語られる「テロワール(※4)」を想起した方もいらっしゃるのではないかと想像します。
テロワールの概念は”Foraged Beer”にも当てはまるんだろうなとも思いつつ、ワインとビール("Foraged Beer")のテロワールでは異なる点がいくつかある気がします。
イメージとしては、”Foraged Beer”の方がより広い範囲の自然環境を包含している感じ。
ワインにおけるテロワールは、土壌にせよ、気候、地形にせよ、「ぶどうの木を取り巻く環境」の特徴のことを言っています。
(違ってたらすみません)
一方、”Foraged Beer”を形づくるものはというと、原料の麦芽やホップを取り巻く環境だけではありません。その土地に根ざしたあらゆる植物と、酵母やバクテリアを育む自然環境、そしてそれら「生態系のすべて」が”Foraged Beer”を形づくる要因となります。
これは、(ほぼ)何でも副原料に使うことができる「ビール」というお酒の、とんでもない懐の大きさが為せる業なのかもしれません。
いつにも増して長い記事になってしまっていますが、1週間の学びと思考プロセスを言葉にすることができて、個人的にとても満足しています。笑
最後に、”Foraged Beer”のムーブメントを牽引してきた人物のひとりとして、いくつかの記事に紹介されていた”Eric Steen(エリック・スティーン)“さんの言葉を紹介して終わりにしたいと思います。
Each beer is a portrait of that landscape.
(それぞれのビールは、景観の表象である)
自分がつくりたいと思うビールが、”Foraged Beer”という言葉で形容され、実験と実践を繰り返すかっこいい先輩たちがいることにとても興奮した1週間でした。
最後の最後に
今週もここまで読んでいただき、ありがとうございました。
髙羽個人のインスタグラムでもヨーロッパの様子を投稿してます。Nevelでの研修も動画(リール)にまとめてあげたので、よかったら見てみてください。
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このヨーロッパ研修記では、海外で研修をおこなう地域おこし協力隊の取り組みや学び、現地の暮らしや文化、そしておいしいビールについて記していきます。
また来週もぜひ、ご覧ください。
Cheers!(乾杯!)
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