“地域おこし協力隊”なのに、海外で働くわけ
"Would it be possible for me to do an internship at your brewery?"
(醸造研修をさせていただけないでしょうか?)
インスタグラムのDMで、ドイツの『Kemker Kultuur(ケムカー クルトゥーア)』に研修依頼の連絡をして5ヶ月。
いよいよ今日、ヨーロッパへ出発します。
こんにちは。
高知県日高村の地域おこし協力隊をしています、髙羽 開(たかば かい)といいます。
この「いきつけいなか」では、週1回のペースで、明日からはじまる欧州研修の様子を綴っていきます。
先週の記事では「そもそも地域おこし協力隊ってどんな制度/お仕事なのか」、「ヨーロッパに行って何をするのか」について書きました。
今回はその続きとして、「地域おこし協力隊なのになぜ海外研修へ行くのか?」について書いていきたいと思います。
野生酵母のビールづくりが意味すること
現在僕は、日高村の自然界で暮らす野生の酵母を使ったビール(ワイルドエール)をつくる醸造所/ブランドを立ち上げています。
今週の記事の本題は「なぜ欧州なのか?」ですが、この問いに答えるために外すことができないもう1つ手前の問い「なぜ野生酵母なのか?」について、先にお話させてください。
それは、(お酒として、液体として、めっちゃ美味しいから、という大前提とは別に)「ワイルドエールをつくり、飲む」という行為が、現代社会に調和を生み出す補助線になり得るのでは、と考えているからです。
ちょっと何を言ってるのかわからないかもしれません。順を追って説明させてください。
大きな話から入りますが、現代社会にはさまざまな歪(ひず)みがあります。調和がとれていない、二項対立になっているものがいろいろある、とも言えます。
そのひとつが、人類と地球環境です。人類の経済活動と言った方がより正確かもしれません。
ビールの話に戻れなくなりそうなのでこの記事で詳しい話をすることはしませんが、人類の経済活動によって地球環境に限界が来ている、というところまで僕たちは来てしまっているようです。
(詳しい話が気になる方は、「プラネタリーバウンダリー」と検索してみてください。参考までに、国立環境研究所の記事とNetflixのドキュメンタリーへ飛べるリンクも貼っておきます)
人類と地球環境の調和が崩れている理由はいろいろありますが、そのひとつに「ファストな価値観が現代人/現代社会を形作っているから」という理由が指摘されています。
「オーガニックの母」と呼ばれる『アリス・ウォータース』さんの著書「スローフード宣言――食べることは生きること」では、ファストな価値観として「いつでも同じ」「便利であること」「多いほどいい」「スピード」「安さが一番」などが紹介されています。
これらの価値観と、人と環境の不調和がどうつながっているのかについては、ぜひ本を読んでいただければと思いますが、ファストな価値観に染まった現代人を満足させるためには、資本主義社会の構造上、歪みが生まれざるをえません。気候変動も、フードロスも、格差も、どれもそう。
ただそうは言っても、僕たち現代人がファストな価値観から完全に逃れることはとても難しいです。僕も染まりまくっています。
じゃあどうすればいいのか。
方法はいろいろあると思いますが、ひとつに、日々の暮らしの中でファストな価値観から距離を置く時間をつくったり、「そうではない価値観」の豊かさにふと気づくような体験を重ねたりする、という方法があります。
そして、アリスさんは著書の中で、「そうではない価値観」として「スローフード文化」をあげ、その文化を形作る価値観をインストールする(=ファストな価値観をアンインストールする)ための優れた手段としての「食」の可能性が語られています。
本の原題「We are what we eat」は、直訳すると「私たちは、私たちが食べたものでできている」です。
この本の主旨に沿ってもう少しご説明すると…
「食べること」は「その食べ物がつくられた背景に含まれる価値観をも少しずつインストールすること」を意味していて、積み重なったその価値観はほかのあらゆる思考や意思決定にも影響を与え得る。つまり「食べたもので私たちは形作られる」というのは、物理的な身体だけの話ではなく、意識や無意識をも形作る、という意味合いも含めて「We are what we eat」なんです。
ここで「なぜ野生酵母か?」という問いに戻ってきます。
冒頭で「ワイルドエールが、現代社会に調和を生み出す補助線になり得る」と書きましたが、もうひとつ深掘って「なぜ調和を生み出す補助線になりえるのか」というと、「ワイルドエールをつくり、飲む」という行為は、ファストな価値観とは真逆を行く営みだからです。
一般的なビールづくりでは、ビールづくりに好ましい性質の酵母のみを人工的に培養させたものを使いますが、ワイルドエールで用いられるのは野生の酵母や微生物たち。大手ビールメーカーのように同じ品質のビールをつくり続けることは、極めて困難です。
(品質が同じではない=おいしくないときがある、ということではありません)
発酵管理も難しく、大量生産に向いていません。
また、ビールの熟成はステンレス樽ではなく木樽でおこない、要する時間は通常の数倍(ステンレス樽で熟成させることもあります)。「微生物たちの活動」と「樽内外の自然環境の変化が引き起こす化学反応」によってビールがおいしくなるのを長期間、積極的に待つ、という営みが工程に含まれます。
大量生産に向かないということは規模の経済もはたらかず、時間がかかるということはその分コストがかかることでもあり、サプライチェーンそれぞれに関わる事業者が適正な対価を得るためには、安く売ることに限界のあるお酒でもあります。
そうなんです。
ファストな価値観である「いつでも同じ」「便利であること」「多いほどいい」「スピード」「安さが一番」のすべて逆を行っているんです。
ここまでの話を、補足も添えながら逆から順にまとめると…
ワイルドエールには、その製造上の特徴から、ファストな価値観とは真逆の性質が内包されていて…
そんなお酒をつくり、飲むことは、これまで人の手が入りコントロールしていた部分を自然に委ねる、という行為でもあります。
このような営みは、もしかするとファストではない価値観の豊かさにふと気づくきっかけになるかもしれません。
自分がいま飲んでいるお酒をつくった主体が、人間なのか自然なのか、曖昧になるような…自然と共に生きることの意味と素晴らしさの一端を五感で味わうような…
そんな時間と体験の積み重ねの先に形作られた価値観によって駆動する社会では、人と環境が今よりもずっと調和している…かもしれない。
以上が、まだまだ仮説の域を超えないながらも、僕が考える(めっちゃおいしいから以外の)「なぜ野生酵母でビールをつくるのか?」というお話でした。
ワイルドエールの伝統と最先端を求めて
前段のお話が少し長くなりましたが、ここからが今週の本題の「なぜヨーロッパで研修をおこなうのか?」です。
結論を先にいうと、ヨーロッパにワイルドエールの伝統と最先端があるからです。
日本と比べてワイルドエールのマーケットがあるとも言えますし、日本における実践事例がまだほとんどない=国内でワイルドエールづくりを学ぶことが難しい、とも言えます。
伝統でいうと、野生酵母をつかったビールでおそらく真っ先にあげられる「ランビック」というスタイルのビールは、ベルギーに根ざしその歴史と文化が育まれてきたもの。500年以上その製法は変わっていない、とも言われます。
伝統的なビールづくりを現代まで守り抜いてきた歴史が評価され、ベルギービールは2016年にユネスコ無形文化遺産にも登録されました。
(登録対象はランビックに限らず、ベルギービール文化全体です)
また、歴史と伝統があるだけでなく、最近では、ベルギー、ドイツ、オランダなどヨーロッパ各国で、それぞれの地域独自のワイルドエールをつくる新しい造り手もどんどん出てきています。
研修先の『Kemker Kultuur』もそんな造り手のひとつです。
こちらは、オランダのワイルドエールブランド『Tommie Sjef(トミーシェフ)』のビールが、世界最高のレストランに何度も輝くデンマークのレストラン『noma(ノーマ)』で提供されることになった、という2020年の投稿です。
その他のミシュランを獲得するようなレストランでも、ワイルドエールを採用するところが増えているそう。世界最高峰のレストランにも評価されるワイルドエールがここ数年増えてきている、ということも、ヨーロッパにおけるワイルドエールの品質の高さと発展の様子がうかがえます。
そんな、ヨーロッパで歴史が育まれ、ヨーロッパのさまざまな地域でそれぞれの進化をつづけている「ワイルドエール」づくりを学び、次は僕自身が、高知県の日高村で独自のワイルドエールをつくります。
以上が「地域おこし協力隊が、欧州で研修を行うわけ」です。
最後に
今週もここまで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは、ヨーロッパへ行ってきます。
髙羽個人のインスタグラムでも日々ヨーロッパでの様子を投稿していきますので、よかったらフォローしてください。
まずはベルギーで5日間。そのあと『Kemker Kultuur』のあるドイツのミュンスターへ向かいます。
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このヨーロッパ研修記では、海外で研修をおこなう地域おこし協力隊の取り組みや学び、現地の暮らしや文化、そしておいしいビールについて記していきます。
また来週もぜひ、ご覧ください。
Cheers!(乾杯!)
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