都立病院の「独法化」 何が変わるのか?(PAGE記事)
都立病院の「独法化」 何が変わるのか?https://news.yahoo.co.jp/articles/8b18dec0844e177b911de814f667d6a7fdd0f3f1?page=1
私たちにとって命の拠り所である病院。なかでも公立の病院は民間では採算が取れない部門を持つなど、重要な役割を果たしている。一方、東京都は都立病院と公社病院など計15の機関を2022年度から独立行政法人「都立病院機構」(以下、機構)に移すという。資材調達や人事制度などを柔軟に設定できるので各病院の収支改善が見込めると都は理由を挙げるが、本当だろうか。独法化することの意義や課題について考えたい。(行政学者・佐々木信夫中央大名誉教授)
都が100%出資する機構の傘下に入るのは、都立が駒込(文京区)や広尾(渋谷区)など8病院、公社が荏原(大田区)などの6病院と都がん検診センター(府中市)だ。
これらの病院は、精神や災害医療など一般の医療機関では対応の難しい分野も担うので、不採算に陥りやすい。都側は独法化によりその赤字体質の改善を図ろうとしている。具体的には、事務の効率化や集約、医薬品の共同購入などによるコスト削減で赤字体質を変えられると考えており、かつ独法化により専門性の高い医療人材の安定的な確保・育成も大義として掲げている。
都立病院の会計はすでに独立採算制を求める公営企業会計として扱われている。ただ入院や外来の収益だけで支出を賄うのは難しく、年間収入の約4分の1に当たる400億円近くは都が支出している(令和2年度当初予算ベース)。
都立病院の長年にわたる赤字体質を何とか変えられないか、20年前の石原慎太郎都政の「都庁改革アクションプラン」(2000年)以来、都立病院の経営のあり方が検討されてきた。小池百合子都政はこの1月に有識者会議から「都立病院の独法化が望ましい」という提言を受け、独法化に向けた条例を提案した。
だが、直営だから赤字体質となり、独法化だと黒字体質に変わるとなぜ言えるのか。最近の都の病院会計をみると、収入の約72%が患者負担の料金収入で、支出の約96%は給与費、材料費、他の経費で占められており、収支の改善はどれだけ収入を上げ、支出を削減できるかに掛かっている。
例えば令和元年の自己収支比率77.00%を翌2年には77.20%に高め、病床利用率を76.90%から89.50%に高める経営目標を定めて取り組んでいるが、独法化するとこれの何が変わるのかしっかりとした説明が求められよう。
「独立行政法人」とは?
そもそも「独立行政法人」とは何なのか。
私たちの生活の中で、一人の力ではどうにもならず、多くの他人との共同負担の形を取らなければ成り立たない公的領域がある。例えば、道路、福祉、医療、介護、教育、治安、ごみ処理、防災、環境保護といった領域だ。どれも市場原理の働きにくく「公的資金」を使わないと成り立つのは難しい。
ただ、公的領域だからという理由で全て行政機関が処理すると非効率が生まれやすい。その反省から行政を効率化、減量化し行政の仕事のアウトソーシング(外部化)を図る新たな公共経営の仕組みが必要となり、独立行政法人が生まれた。
行政の機能を「企画立案」と「政策実施」の2つに分けた場合、従来はその全てを行政機関が行っていた。それを立案機能は行政機関が引き続き担う一方、実施機能は独法法人やPFI(民間資金活用による社会資本整備)、指定管理者、企業に託すことで効率化を図ろうという考えだ。
独法化の流れ いつ始まった?
独法化は、国の省庁再編などで注目された2001年の橋本行革(橋本龍太郎政権時の構想がもととなった一連の行政改革)の一環として始まった。これはイギリスのサッチャリズムで出されたエグゼクティブ・エージェンシー(行政の外部化)を手本にしたものだ。
1980年代、新しい公共経営改革の先陣を切ったイギリスのサッチャー首相は「公共部門を縮小し、民間部門に新たなビジネスチャンスを生み、国民経済の活力を高めていく」という政策を掲げた。
公共サービスの多くの分野に民間の経営ノウハウと資金を導入して「効率化」「高度化」「多様化」を図ろうとする改革潮流は、豪州、カナダ、スウェーデン、オランダと広まった。日本には90年代後半から移入され、橋本行革に繋がり、その後、2000年以降小泉政権の発足で「官から民へ」という表現で支持を広める形になった。
日本では2001年、国レベルで57法人が設立されている。2004年に法人化された国立大学(国立大学法人)も広義の独立行政法人であり、現在82国立大学の全てが独法化されている。
地方自治体では2003年7月に制定された地方独立行政法人法に基づき、各々の判断で大学や病院などを中心に独法化が進められている。
総務省の調べだと、都道府県、政令市、市区町村、一部事務組合、広域連合などで独法化が進んでおり、大学(80)や病院(63)、試験研究機関(11)、社会福祉施設(1)、博物館(1)、動物園(1)など、合計で157機関が独法化されている(2021年4月1日現在)。
では独法化はどんなメリットがあるのか。行政分野にもよるが、一般的にいうと(1)意思決定の迅速化(2)安定した専門的な人材確保(3)弾力的、効率的な経営管理(4)目標設定や業績評価が可能(5)経営の黒字化が見込まれる――などの点が挙げられる。
一方で、(1)不採算部門が切り捨てられる(2)効率性を求めるあまり過重労働を現場に強いる(3)事務負担の増加(4)非公務員化に伴い職員の離職が増える(5)経営改善命令など行政の関与が増える――といったデメリットも指摘されている。
全国の公立病院はそれぞれの地域医療確保のため重要な役割を果たしている。だが近年、その多くでは経営状況が悪化し、医師不足に伴い診療体制の縮小を余儀なくされるなど、その経営環境や医療提供体制の維持が極めて厳しい状況になっている。公立病院が今後とも地域に必要な医療を安定的かつ継続的に提供していくためには、多くの病院で、抜本的な改革が必要となってくる。
今回提案されている都の都立・公社病院の独法化も動きとしては全国に符合している。都では都立病院等の独法化で15病院を一体的に運営し、そのスケールメリットを最大限に生かしながら、人材の確保・育成、医療提供などを的確に行えるとしている。
一方で、独法化により現在の医療水準、不採算医療が継続される保証はなくなり、地域医療が崩壊するのではないか。医療従事者を病院ごとに採用するので繁閑に応じた職員の配置転換が難しくなり、法人化のスケールメリットは働きにくく、医療サービス全体が相対的に劣化するのではないか、という指摘も労組や専門家らからはある。
都立病院の独法化に伴う課題
医療には多額の資金や高度な医療サービスが必要となり、市場メカニズムに馴染まない「不採算部門」でも行政がやらなければならない分野はある。それは都民の安心、安全を確保する「必要コスト」と考えることはできないだろうか。
都内にある国立の東京医療センター、東京病院、村山医療センター、東京医科歯科大学病院、東京大学医学部附属病院なども既に独法化している。だが、都民のセーフティーネットの確保は自治体行政が果たすべき役割であり、全ての都立・公立病院を一律に独法化すべきかには慎重な判断がいる。
また、筆者は病院(機構)運営のチェック機能についても懸念点がある。
例えば、機構の理事長などは知事が任命するが都議会による行政のチェック機能がないがしろにならないか。また、情報の開示は努力規定で住民の監査請求権は規定されていないため、「密室」で知事・理事長らが物事を決めてしまう恐れはないのか。過去には「第3セクター」の乱脈経営の失敗例が数多あるが、その二の舞にならないのか。
現在、全国の都道府県立病院のうち、42病院が独法化されている。これらの疑問や不安に対し、都は丁寧、かつ納得感のある説明をすることが求められている。失敗事例についても隠さず、つまびらかに公開する必要がある。
公立病院は独法化すべきか?
改めて問う。東京は圧倒的に医療機関が多い。その多くは民間病院だ。その中で行政が担うべき医療の仕事は何なのか。
行政は民間活動に対し「規制」「助成」「補完」をする役割があり、それでも民間活動に馴染まない部分は「直営」する役割を持つ。都立・公社病院は都内の感染症病床数の30%を担っている。民間病院ではサービス提供が不十分な部分を「補完」し、民間ではやらない不採算部門などを積極的に引き受け「直営」するのが行政、すなわち都政の役割ではないのか。
地下鉄の東京メトロは黒字、なぜなら採算のとれる路線だけやるから。他方、都営メトロは赤字、なぜなら条件不利地域でも都民の足を保障するのが役割だから。分野は全く違うが、交通事業も医療事業も同じ地方公営企業として扱われて来た点は同じではないか。
こうした枠組みで考えた時、全て一律に都立・公立病院等15機関を独法化するのが良いのか。ある病院は都立のまま残し、高度医療などコストの高い医療サービスを引き受ける、そうした選択はないのか。地方自治の原点に立ち戻って考える必要があるかもしれない。
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