好きの果て
こんにちは。田塊トシタカです。
たかいとしたか、と読みます。
息切れカメレオンの主宰をしております。
ヘッダー画像左側です。右は副主宰の松本です。
予定に遅れて土下座している図です。
僕の土下座は軽い。
けっこう好きな写真なので、設定してみました。
演劇が好きで、劇団を旗揚げしました。
そう、僕は演劇が好き。けっこう好き。
だけど、演劇のためなら何を捨ててもいい〜!なんてことは一切思わない。
高校生のうちは思ってたかも。演劇部の活動のためだけに学校に通っていて、大学にも演劇を学ぶために進学しようかと考えていたな。大学に入ってからしばらくも思っていたかも。
今は、思っていません。
中学生まではスポーツをしていました。
水泳、サッカー、バスケットボール、バレーボール。
高校で突如演劇部に入部。なぜ。
初めてちゃんと取り組んだ戯曲は
「ぼくらは生れ変わった木の葉のように」清水邦夫
50〜60年代の学生運動をベースとした不条理劇。
ドカーン。
僕は演劇に出会うべくして出会ったのだ
と思いました。
今までやったことないこと、感じたことのない高揚に僕は本当に感動しました。
演劇のことが好きになりました。
僕は、僕の感動のために演劇に熱中していました。
そして、それは時に他人を傷つけていたと思います。
好きだから、好きなことを誰よりも大事に、好奇心のままに、他の何よりも第一に、自分自身よりも、自分の大切な人よりも大事に、演劇をしていました。
それに気がついたのはいつだったかな、忘れちゃったけど、王子小劇場さん主催の見本市に応募して、面接の時にはそんな旨を話していた気がする。
「僕は演劇に殺されたくない。」
おおげさ〜
でも、それくらい演劇ばっかりだったんですよね。
やるからには1番を目指さなきゃいけないとか、
開拓をやめちゃいけないとか。
目指したいから目指す、やりたいからやる、ってあるべきだったのにね。
途中から自分がどっち向いて走ってんだか分からずにいましたね、よくない。
良い経験だとは思います。ここまでのめり込むことって無いですから。
ただ、それに巻き込んで嫌な思いをさせた人はいるので、本当に申し訳ないと思っています。
そうそう、僕は今でも演劇が好き。けっこう好き。
これは本当です。
長ーい前置きになりましたが…
好きの果てには何があるのでしょうか?
好きでプロになる人、好きだから応援を続ける人、好きだから可能な範囲で続ける人、好きだけど辞めざるを得ない人などなど……
「好き」という気持ちはどこへ向かうのか?
最近よく考えます。
好きな人、好きなこと、好きじゃない人、好きじゃないこと。
誰かを幸せにすること、誰かを不幸にすること。
伝えなきゃいけないこと、飲み込まなきゃいけないこと。
僕は大学を卒業したら少し、演劇をやる側ではなくなる気がしています。そのままやめるかもしれないし、やめないかもしれない。でも多分、演劇が好きなことは変わらないと思います。そこは変わらないでいたい。
「バッド玉手箱を抱いて」は、好きという気持ちについても書きました。
好きの果てにはまだ辿り着けないけれど、どこかへ向かっていく人のことを書きました。
劇場にて、お待ちしております。