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「音を立てなければ〝盗める”ショップ『盗』」に行ってきた

私は、podcast「奇奇怪怪」の2023年上位6%のリスナーであり、
「奇奇怪怪」の運営するサイト「品品団地」にも最も上位プランの「地下住人」として登録しており、
パーソナリティの二人がそれぞれ所属するMONO NO AWAREDos Monosの、自分の生活圏で行われるライブには、なるべく行っている。という、割とガチな「奇奇怪怪」ガチ勢であるという自覚がある。

そんな「奇奇怪怪」のパーソナリティTaiTanさんと玉置周啓さんが、TBSラジオで「可処分時間猫糞ラジオ『脳盗』」を始めたのが2年前だ。一本がやたらと長い「奇奇怪怪」だけで十二分に可処分時間を奪われているのに、この上ラジオをもだと?と思いつつ、
podcastはいつ聴いてもいいけど、テレビやラジオはリアルタイムで楽しむもの、という、自分でもそれ、取り払った方が楽になるよ。と思うこだわりが、しっかり身に染み付いてしまっているため、「脳盗」はなるべくリアルタイムで聴くようにしている。
日曜日、仕事して、ゴールデン街で飲んで、都内から自宅まで帰る終電が、ちょうど番組開始と同じ頃合いで、人のまばらな日曜深夜の横須賀線で聴く「脳盗」は、一人で鎌倉まで帰るまでの寂しさや、明日の仕事の煩わしさを忘れさせ、さっきまでのゴールデン街での賑やかな無駄話の延長のような、そんな気分にさせてくれる。
あと、ラジオは音楽がかかるのがいい。信頼しているパーソナリティが、その日のトークテーマに沿って選曲してくれた一曲を聴きながら車窓の暗闇を眺める時間は、なんなら自分の好みで選んだ大好きな曲を聴くよりも、日曜が終わって今まさに日が変わる。というシチュエーションにぴったりの風情がある。

3月3日、いつも通り終電に揺られながら聴いていた「脳盗」で「を2日間だけオープンすると聞いた。
なんだそれめちゃくちゃ楽しそうだな、と思う気持ちを、なんだそれめちゃくちゃ楽しそうで悔しいな。がわずかに上回った。

私の本職は「リアル脱出ゲーム」という遊びを作り、それを遊べるお店を開発運営することである。
大人になってからの「遊ぶ」って、結局「飲みに行く」と、それに付随する+α、例えばカラオケとか麻雀とか。
または一方的に楽しさを享受する、映画、ライブ、演劇、テーマパークなどになってしまって、子どもの頃の鬼ごっこ、かくれんぼみたいに参加者全員が能動的に全員「遊ぶ」状態のものはなかなかない。
「リアル脱出ゲーム」を遊べるお店は、お客さんもスタッフも全員が一緒に夢中になって、能動的に遊べる場所を目指して作っている。
で、そういう場所って他にはなかなかないよね。なんてたかを括っている気持ちが、正直ほんの少しあった。
のだが、「盗」、何これ楽しそうすぎる。自分が思いついて運営したかった。という悔しさが沸々と湧いた。盗みたいし、盗ませたいし、盗まれるのを阻止したい。参加するのも仕組みを考えるのも運営するのも全部楽しそう。と、悶々とワクワクを戦わせながら帰宅。

3月10日、やはり横須賀線の終電で脳盗を聴き終える。脳盗が終わると大体横浜あたりだ。何か音楽でも聴くかとスマホを覗くと、普段あまり連絡の来ない今井さんからLINEが来ていた。
開いてみるとなんと「『盗』の体験会に行ってレポ書きませんか?」と書いてあった。タイミングすご過ぎ。もちろん二つ返事、いや、むしろ「やらせてください」と懇願した。

そこからの月曜から木曜は、しっかり本業の手を抜いて、バッチリ「盗」の準備に勤しんだ。
まず日常、起きている時間のほとんどをイヤフォンをつけて生活している。というか中学生以降、ほとんど常にイヤフォンをしている。授業中も学ランの袖にワイヤーを通し、頬杖をつく姿勢でイヤフォンを耳に当てこっそりラジを聴いていた。中学の最初の頃、学年でトップクラスだった成績は高校の最後には、下から数えた方が早いくらい下がっていた。
そんなイヤフォンをつけることを禁じてみた。びっくりした。自分、動く時こんなに音鳴らしてるのかと思った。
久々にマスクなしで満員電車に乗った時の、え!世界ってこんなに不快な匂いで満たされていたんだっけ?という感覚の音版。
足音、服の擦れる音、鼻をすする音、独り言、呼吸。自分の立てている音にここまで無頓着だったのか。これはまずいぞ。このままじゃ何も盗めなさそうだ。

音の鳴らない靴、音の鳴らない服、音の鳴らない歩き方、音の鳴らない呼吸法、集音マイク攻略法など、思いつく限りのあらゆる検索をした。こんなにあれこれ音を消す方法を調べていたら、こいつ泥棒するつもりだと思われて、泥棒便利グッズのweb広告とか出てくるようになって、実際公安みたいなナニカに目をつけられたりするんじゃないかなんて不安がよぎったりもしたが、夜勤の医療関係や美術館の学芸員、猟師、探偵など、世の中には、音を立てたくない真っ当な職業の人が意外と多種多様にいるということを知り、なるほど。と思った。

さて、まずは何を置いても足音である。検索の限りは看護師用の靴、足袋などが良さそうだ。あと、忍び足と言えば猫!ということで飼い猫の歩き方を研究しようかと思ったが、外敵にさらされたことが皆無な我が家の猫たちは、普通にドタドタ歩いていて参考にならなかった。

続いて服。「音がしそうな素材なのに音がしにくい」という商品は多数ひっかかるものの、「シンプルに音のしない服」を求めている人は世の中にあまりいないようだった。
強いて言えばランニング中に音がしないほうが快適ということで、ランニングウェアは擦れても音がしにくいらしい。よし、ランニングウェアにしよう。

あと、メガネも落としちゃうかもしれないからコンタクトも買おう。
スマホは万が一作動したら危ないから、荷物と一緒にコインロッカーだ。と赤坂駅周辺のコインロッカーも調べ始めた、ところで手が止まった。
まだコートの必要な時分に、極短の半袖半ズボンのマラソン選手みたいな格好に足袋を履いたおじさんが、手ぶらで赤坂をうろつくのは流石にまずいのではないか...あと、成功したとて、これじゃ赤字すぎやしないか。と思い直し、慌ててAmazonのカートを空にした。

そこで、家に元々あるものであらゆる試着を重ねた。
靴→スニーカー、トレッキングシューズ、長靴、サンダルなど色々試して歩いてみて、室内であればスリッパが最強。という結論に至った。さらに、うっかりスパンと脱げて飛ばしたり、パタンと踵が跳ねたりしないように、マジックテープで靴下とスリッパを固定した。
パンツ→内股や裾の衣擦れが最大の問題のため、やはり短パンかと思ったが、意外と短パンの裾の触れ合う音も気になり、今や街中では歌舞伎町のキャッチしか履いてないような、持っているものの中で一番ピタッとしたジャージを選んだ。
上着→やはり袖と脇の擦れが気になるので、長袖は回避して半袖のTシャツ。しかも意外とダボっとしてる方が衣擦れの音が気にならない。という判断に至った。

そしてなんと言っても「店」から「商品」を「盗む」という未知の体験に挑むのであるから、マインドも重要だ。ということで、自分の持っている中で一番「わるそうな」服、ずっと未開封で保管していたBAD HOPのツアーTシャツを下ろした。
なんとなく泥棒のイメージでキャップを被り、絶対に不利になるがサングラスもかけ、呼吸音を防ぐという機能的な目的のためにマスクを装着、さらに「泥棒の絵を描いてください」と言ったら多くの人が描きそうな感じの髭を元々ナチュラルに生やしていること、が功を奏し、最終的に、これで盗めなきゃ見掛け倒しすぎ!という泥棒ルックを作ることに成功。
そして最後に鼻炎の薬をお茶で流し込んだ。これで鼻をすする心配もない。入室直前、禁止していたイヤフォンを解禁し、キャッツアイ、行くぜっ!怪盗少女、怪盗ルビィ、ルパン三世のテーマを立て続けに聴いて泥棒のイメージトレーニングもバッチリである。
よし!盗むぞ!

かつて中村一義の初ライブ(Club Snoozer)や、Thee Michelle Gun Elephantのライブを観た赤坂BLITZが「赤坂BLITZスタジオ」になってから初めてその扉を開くと、暗闇の中、外国のギャングがたむろしていそうなフェンス越しの空き地に「闇市」が広がっていた。
全体を見渡す。一番手前の果物かごみたいなところにもすぐ手に取れそうな商品が見える。
が、一番奥にこれこそが「音を立てなければ〝盗める”ショップ『盗』」の本体であり、その手前は広場に過ぎない。といった貫禄のカウンターが構えられている。きっとあそこに目玉商品があるに違いない。奥を目指すぞ。
しかし目を凝らすと、様々なマイクがあちらこちらにこれでもかと設置されている。全部で200個もあるらしい。怖い。見た目も、執念も怖い。「集音マイク 逃れる」「集音マイク 音を拾わない」など色々検索はしてみたものの、世の中には集音マイクで音を効率的に集めたい人しかいないようで、マイクに音を拾わせない対策は何もできずに来てしまった。
説明を受け広場に足を踏み入れると同時に会場が静寂に包まれる。自分の歩みに合わせて照明が揺れ動く。こんなに音のしない場所で自分だけが動いているという体験はそうそうない。国語の授業で音読させられた時の、あの早く終わってくれ。というすごく嫌な緊張感と、絶対に一番の大物を盗んで成功できるという、根拠のない大泥棒としての自信過剰がせめぎ合う。
闇市のそこかしこに、アパレルブランド「Fruit of the Loom」のジャンク品・サンブル品等を加工した、 限定アイテムが並べられている。どれを選ぶか吟味している余裕は、時間的にも、心理的にもない。思ってた以上にない。
店主の顔がしっかり確認できる位置まで来た。カウンターまでもう少しだ。足元や頭上にトラップがないか細心の注意を払いながらさらに奥へ進む。店主かわいいな。
ん?なんだか気になる自動販売機もあるぞ。あたたか〜いの感じで、おしずか〜にど〜ぞって書いてある。いや、やはりカウンターのものを盗もう。
店主の目の前まで来た。かわいい。この人が音さえ立てなきゃ持ってけ泥棒!の太っ腹店主なんだろうか。それとも、万引きを防ごうとしないやる気のなさすぎるバイトなんだろうか。とにかくかわいい。仲良くなりたい。
もう、店主のことが好きになってしまったので、なんとなく店主の目の前のモノを盗むのは気が引けて、その左横のパーカー的なものに手を伸ばそうとして気づく。フェンス越しに「盗」の文字の左右に描かれた模様だと思っていたものも、無数のマイクであった。一気に緊張が高まる。あと、盗の文字に音出しちゃダメよマークが3つ!たった一文字で店のコンセプトを体現している素晴らしい看板!
震えながら音の鳴りそうなトラップひとつはうまく対処でき、おしずか〜に持ち上げる。が、持ち上げる時のフィルムのカサカサって音に反応したのか、警告音が鳴り響き、敢えなく終了。
盗もうとしたの、このパーカーな気がする。かわいい。悔しい。欲しすぎる。

というわけで、
特製スリッパ作って、薬飲んで鼻水止めて、マスクして、服装気をつけて、泥棒ソングでイメトレまでしたのに成果なしだった。
が、ものすごく楽しい数十秒だった。「物を盗むのが楽しい」だなんて公序良俗に反した発言ではあるが、いや、本当に楽しかった。
そもそも人は(少なくとも自分は)なぜこんなに何かを「盗み」たいのだろう。
「鬼ごっこ」には「鬼」として民間人を追い回す楽しさが、「ドロケイ」にも泥棒として警察から逃げ回る楽しさがある。合法に法を犯す楽しさ。という快楽のジャンルが人には、あるのだろうか。
あと、なんか、音鳴らして捕まってみたい。という気持ちも心のどこかで沸いていた気がする。本当の泥棒も、心のどこかで、失敗して捕まえられるかもしれないというスリルに興奮を感じてたりするんだろうか。だとしたらちょっとだけ、泥棒の気持ちもわかってしまうかもしれない。

成功したら絶対嬉しいし、失敗してもそれはそれで楽しい。そして空間自体がとびっきりかっこよくて何時間でもいたくなる。
「音を立てなければ〝盗める”ショップ『盗』」最高の遊びだった。
16、17日の本番もチャレンジして、無音で盗みを成功させて、あの店主に挨拶して、認められて、そのまま「盗」に就職したい。就職して、様々な音を立てるトラップを仕掛けて、忍び込むお客さんを見守りたい。

3/16−17の2日間だけ!会場周りではVIVANTのリアル脱出ゲームもやってた!

写真:SEIYA FUJII (W)

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