終わる日記(2024/12/18)
2024/12/18
大掃除の日だった。すごい早起きした。顔を洗う。洗い物がシンクのスペースを圧迫していても、それらどれにもぶつからないように顔を洗ったり卓上ケトルに水を汲んだり、歯磨きやうがいがなんなくできるようになった。昨日、実験室で残っていたらポスドクさんふたりが部屋のロックをよろしくねと行って手を振って出ていった後、明日は大掃除だったねと言って片付けをしに戻ってきた。どうしてこの時期にと言う。アニュアルかと言うのでアニュアルだと言った。研究室を出るとき、鍵閉めの方法というかチェックすべきポイントが不安になってきてプロダクティビティツールで「鍵閉め」とか「電源」とか「エアコン」とか考えうるワードをぽちぽち検索していた。スタッフからの怒りを肝に銘じた。
大掃除。薬品用の空き瓶が大学のシステムで空き瓶として登録されているかを確認しに瓶番号を根こそぎリストアップして検索にかけたり、ぼろ雑巾で桟を拭いたりガラスクリーナーで鳶職で窓を磨いたりしていた。カメムシとかヤモリとか毒々しい色の腹をしたキッチュなアリがわらわら出てくる。YouTubeかなにかでClean Up Songを流しながらテーブル拭きをしているポスドクさんがcareful! と言う。オーケーと言った。やや赤みがかった色味はヒアリそっくりで、次々に出てきて、そのたびごとにぞっとさせられた。ヒアリハット。うちの施設では半年前くらいにセアカゴケグモに注意! と書かれた張り紙が出ていたし、おそろしいところだ。実験室の担当としてはふさわしくないと思って、居室の応援に加わることにした。これじゃあ実験室のことをいつまで経っても理解することはできないと思った。拭き掃除や古紙を束ねたりとか単純なことを指示されてこき使われたほうが合理的だと思った。後から顔を合わせた同期がそれと同じ意味のことを違う言葉で言った。部屋を出るとき、ふだん片付けていない人はこういう場には顔を出さないし、そもそも当人は片付けていないというつもりではなく、片付けてはいるがよしとする基準が違うのだからどうしようもないことで、これは文化の違いだと言っているのが聞こえた。
昼休憩で文面の話。掃除の案内の文について思うところがあるらしかった。変更くださいは違和感があり、昨日のバイトの採点中にそれについてずっと考えていたと言った。採点中、ずっと考えていると言った。前は低エネルギーの光学フォノン散乱についてずっと考えていたと言った。名詞+ください。ご変更くださいもちょっとへん。読点の数が気になっていたが、それには気がつかなかったと言った。ご検討くださいはいける。ご連絡くださいも。ご遠慮くださいも。ご容赦。食べながらなぞときの解法の話を制作者の前でした。これを眺めている時間がいちばん愉快な時間ですかと言った。昨日のなぞときわかったよ、とふたつ上の先輩が昨日会ったとき言っていて、ひらめきましたかと言うと、まあ、それを言うとね、まあ、わかるっていうか、と訥弁で歯切れ悪く言っていた。まあ、なんも言わんとくわと言った。
いろんなものが出てくる。懐中電灯は灯りが乏しかった。電池を入れ替えても明るくはならないのでポテンシャルとしてそういうものだと言っていた。古めかしいレトロ趣味としても置かれていそうななりで、レトロスペクティブだとポスドクさんに言うとソーリーと言った。アンティークだと言うとソーリーと言った。オールドだと言うとアイノーと言った。誰かが土産として持ち込んだサルミアッキが残っていた。サルミアッキだけがほとんど食べられないで大量に残されていた。それがサルミアッキが食べられたものではないことのなによりの証左であることを言っているみたいだった。まるでホイールの味がするんだと言うと、ソーリーと言う。ラバーの味、チューブの味だとすぐに補足が入った。アイノー。ソルティだがちょっとビターでおいしいと、非常にまずくて食べたものではないと内心は思っていたが食べさせたかったので言った。フィンランド人は全員、おいしい、おいしいって言いながら食べるんですよと言った。オールモスト全員、と補足が入る。ノー、ノーとしぶっていたポスドクさんも痺れを切らしてようやく食べると、やにわにまずそうな顔をして、チャイニーズメディシンみたいだ! と言った。電池をつけ直してふたたび灯して、ブライト! ブライト! と言って笑った。ポスドクさんも笑っていた。