終わる日記(2024/10/13)
2024/10/13
自動販売機へと走る。早朝6時。がらにもなく。クロックスひとつでつんのめるように駆けていく。母のピンクのクロックスが地面に打ちつけられてぺこぺこ鳴っている。みんな目覚めてしまうかもしれない。
しかし霧がすごい。今日もいい天気になる。
帰ると珍客が短剣模様の座布団でくつろぎながらうまいうまいと昨日の残りの炊き込みおむすびをほおばっている。さんぴん茶。十六茶の見た目をしているがその実さんぴん茶で、母が昨夜遅くにせこせこ沸かしていた。さすがに母。さすがは母。
朝ごはん。煮しめ、塩さば、シャウエッセン、塩むすび、だし巻き玉子、シジミ汁。らっきょうと津田かぶ漬け。珍客が味のりのパックを手のひらでぱんと叩いて開ける。しらなかったと別の珍客が言う。津田は松江の地名で津田かぶ漬けは松江の特産品だと兄が言った。だし巻き玉子、だしがおいしいですと珍客が言った。しじみ汁がめっちゃ沁みますと別の珍客が言った。
食後。父がホットコーヒーを入れてメリーのクッキーといっしょに食べる。池田銘菓の和菓子がふたつあって、ウォンバットが描かれた黄身餡のほうを珍客が食べるというのでひと口くださいと言う。どちらも石橋商店街の三松で買ったもので、もうひとつのほうも黄身餡で、五月山の四季という名前だった。並んで置いてあり両方とも黄身餡と書いてあって、このふたつは何が違うのかと訊くと両方とも黄身餡だが生地が少し違うと言った。そうなんですかと言う。生地がどう違うのか、とは訊かなかった。ひと口もらいますねと手でちぎってもらうとだいぶいくなと兄が言うので半分いると母に言う。五月山の四季も昨日まではウォンバットといっしょに置いてあったはずだが。
朝起きると、消えた五月山の四季。
りんごがやってくる。サンつがるときおう。パスト・メディカル・ヒストリーと兄が言う。やや間があって、おお、きおう、と言う。りんごが盛られた皿を指しながら、こんなに綺麗なお皿、魔女の宅急便以外で見たことないですと珍客が言った。夜中、下からの話し声を聞いて、てっきり兄が珍客にしゃべりかけている声だと思っていたがしゃべっていたのは兄ではなく僕で、しゃべりかけられていたのは珍客ではなく別の珍客だったという話を珍客がした。視界に入らないところでしゃべられると兄と僕の声はまったく同一のものにしか聞こえないのだと言う。そんなものなのかと思う。まあ、そんなものなのか――しかし五月山の四季はどこへ?
珍客のふたりがクッションに首をうずめてくつろいでいる。アザラシの昼寝みたい。どこで売ってるんですかと訊くとニトリで普通に売ってるやつよと母が言う。おしゃれな眼鏡だねと珍客が言った。針金みたいな眼鏡なのにと言った。芸人か詩人か俳優になれると珍客が言った。以前は兄がふたりという感じだったが、今回、兄と僕がぜんぜん違うひとなんだと認識が変わったと珍客が言った。というかむしろまったく逆なんじゃないか、と。
ありがとうございましたと家を出る。カメラを向けると、兄が豊の秋を、珍客がスポーツドリンクを画角に入れた。
ドライブ日和やと珍客が言う。あ、キンモクセイやと珍客が言うのでトイレかと言うとどうしてと言うのでトイレの芳香剤だと言う。トッポいるとトッポを差し出されるのでトッポもらいますと言った。ひさしぶりのトッポ。珍客はいっさいじかで触れずに食べて、クリーンにいきましょうと言った。ソフトビジネスパークから城北通りを通って塩見縄手へと出て、県庁のおもてなし駐車場に停める。松江城の天守閣がよく見えるところ。
カラコロはなぜカラコロなのかと言われるのでカラフルな場所でコロっとしているからだと言った。すみませんテキトーですと言うと、あんまおとなばかにすんなと笑った(今調べてみたところ、どうやら、松江大橋をわたる下駄の響く音を小泉八雲が「カラコロ」と表現したところに由来するらしいです)。グランド・オープンと書いてあってグランド・オープンしたのかと近づいてよく見ると真ん中に小さくリニューアルと書いてあって、つまりはグランド・リニューアル・オープン。リニューアルしたばかりなのかと言った。
月ヶ瀬で団子。おすすめはと珍客が言うと煎茶だと兄が言った。不昧公はまずいこうかと言うと、口ではなく日で、贅沢三昧のまいだと言った。まずいこうではなく、ふまいこう。待機している珍客のぶんはと兄が言うと珍客がもう電話で確認してくれていて、いらないらしいと言う。会計を済ませた兄が、お釣りが五円でご縁があるねと言った(495円に対して五百円玉払ってお釣りが五円だった)。
待機していた珍客たちと合流して、きがるへ。出雲そばのきがる。城下町の街並みが続く。歩いていくと萩の花が咲いている。萩。草冠に秋。まさに秋の花。秋の七種の筆頭。七種の花を探しにいってもいい。
日陰に入って座って、何を撮っているのかと珍客が言うので小さな双葉があってと言った。すぐ下を小川がさらさら流れていて、あめんぼが数匹浮かんでいる。小川の流れをさらさらとはさらさらと言われないと言えないだろう。涼を感じますねと言った。あめんぼ赤いなあいうえお、と珍客が言った。あめんぼを見る。あめんぼはからだから飴みたいな臭いがする。あめんぼはからだが長細い。だからあめんぼ。飴の棒で飴棒、あめんぼ。水面に空が反射してゆらゆら揺れている。こんなに長時間まじまじとアメンボを観察したことはなかった。軽やかに水面を滑走していくが推進力が足りず、進んでは押し戻されて進んでは押し戻されてをえんえんと繰り返す。それで結局は元の場所へと帰ってくる。ふりだしに戻る。滑稽だなと思った。あめんぼは昆虫なのか何者なのかと珍客が訊くので笑うとわからんこと訊かれて困ってる顔だと笑った。しかし誰があめんぼの臭いを嗅いだのだろう。
珍客と話しながら順番を待つ。男が来て、並んでいるのかと言うのではいそうですと言った。thisisneverthat。珍客のパーカー。ドラゴンステートと言うとオレゴンステート、つまりはオレゴン州だと珍客が言った。ColemanのパーカーにはThe Sunshine of the Nightと書いてある。スーツにネクタイの珍客は胸ポケットにスポーツドリンクを忍ばせていた。今は不在。この道はなぜ人通りが多いのかと珍客が言う。
挽きぐるみはそば粉90%でつなぎ(小麦粉)10%使用で、丸ぬきはそば粉100%。ざるそばとか鴨せいろなら丸ぬきだが、べたに割子なら挽きぐるみでいいでしょうと兄が言った。本日の挽きぐるみは、今和五年 松江産(大根島産)と今和六年 北海道黒松内産のブレンド。と、張り紙に書いてある。
わかれてお座りいただくことになりますがよろしいですかと呼ばれて、珍客が先に奥へと進む。二席しかない店内の椅子に腰掛けて、三枚でいいでしょうと兄に言った。おつぎお待ちのお客様どうぞと呼ばれて椅子を立つと目の前にさっきの男がいて、トランポリンの回転するバーが人を押し出すみたいに右腕で兄を押し出してはよ行けと言った。席に座って、松江観光に不適格だと兄が言った。割子三枚挽きぐるみをふたつくださいと注文して、ちょっと疲れたと兄が言う。お冷を取ってくると兄が言うので男がうろちょろしているみたいだが大丈夫かと言うとおもしろいじゃんと言った。