フィッティングパーツ ② 弦を留めるもの
テールピース
前回まで見てきたペグは歴史的にはほとんど変わってきませんでしたが、テールピースはバイオリンが生まれてから必ず使用されてきた部品でありながら形は変わってきた部品です。
テールピースは本体と弦をつなぎ留める役割の部品で、初期のものは装飾を除けば板に弦や紐を通すための穴を開けただけのようなものでした。
Evaristo Baschenis 1617–1677
バロックバイオリン用のテールピース
弦もテールガットも穴に通して結んであるだけ
バロック時代の弦はただの羊の腸で出来た紐なので、現代の弦のようにボールが付いていませんでした。そのため、当時はテールピースの穴に弦を通して結びつけるようにしていました。
その後、弦メーカーがテールピース側に結び目やボールを付けるようになったので、テールピースの穴も弦を留めやすいように鍵穴状の形に穴を作るようになりました。
また、テールガットもバロックはエンドボタン側に結び目がありましたが、テールピースの下側で結ぶ様になりました。
このような改良がおこなわれ、更に近年ではアジャスターと呼ばれる微調整機構を埋め込んだものや材質がプラスチックや金属のものも現れ、デザインも試行錯誤されています。
現在のモダンバイオリン用には大きく分けるとチューリップモデル・フレンチモデル・ヒル(イングリッシュ)モデルの3種類の一般的な形のものがあります。
その他には装飾タイプのもの、アジャスターを組み込んだもの、そして斬新なデザインのものなどがあります。
チューリップモデル:Tailpiece Tulip Model, Ebony
フレンチモデル:Tailpiece French Model, Ebony
イングリッシュモデル:Tailpiece English Model, Ebony
チューリップモデルにはペグと同じような、パリジャンアイやダイヤ、竪琴、ユリの紋章などの装飾が入れられることもあります。
また、弦を乗せるフレットと呼ばれる部分の材質を真鍮や牛骨などに変更している場合もあります。
装飾モデルはペグと同様にテンペル社(Tempel)などが販売しています。
テールピース自体にアジャスターを埋め込んだもので一番有名なのは、前回にも登場したメーカー、ウィットナー(Wittner)のものです。
Wittner Tailpiece Ultra, Black
そして、特にチェロで人気が高いのがヴァイドラー(Weidler)というメーカーのAkusticusという商品です。プラスチック製ではありながら、音響的にも良いと人気が高いです。
Weidler Tailpiece Akusticus, Plastic
他にも、木材を使用していながら、アジャスターを組み込んでいるものもあります。
Tailpiece, French Model, Ebony, Cello
Tailpiece, French Model, Ebony, Violin 4/4, 1 Adjuster
アジャスターが埋め込まれたものは、ペグで調弦をすることが苦手な初心者用のイメージがありますが、演奏中に手軽に調弦の微調整ができるので一流の演奏家でも使用している人もいます。
また、チェロはスチール弦を使用することも多いので調弦がシビアなのと、ペグの位置が顔の横にある上にペグが大きいので調弦するのが難しくなっています。そのため、アジャスターが埋め込まれているテールピースを使用するのが一般的になっています。
その他にも近年は様々な素材を使った斬新なデザインのものが多数存在します。
STRADPET ®
Frirsz Music ©
© ZMT
Tonal Tailpiece - by Kenneth Kuo
これらの他にも多数のメーカーが様々なアイデアを生かした商品を開発しています。
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バイオリン本体は新しいデザインが生まれにくくなってはいますが、テールピースは今が一番進化している時かも知れません。
テールピースは比較的体積の多い部品ですので、その重量が楽器の音に影響を与えやすい部分でもあります。
基本的に弦楽器は弦の振動を空気の振動に変えて音にしています。そのため、振動が小さいと音も小さく、振動が大きいと音も大きくなります。
実際は様々な要因がもっと複雑に影響しているのですが、単純に考えると楽器が軽くなると振動を邪魔することが少なくなるために明るく・大きな音になる傾向があり、重くなると振動するのが阻害されるので暗く・小さな音になる傾向にあります。
この原理を利用したのがミュートや消音器です。
以上のことから、テールピースを削ったり、テールピースの変更で重さを変えたりすることで音色の調整を行う場合もあります。
ただし、この記事を読んで「よし!テールピースを買って自分で変えてみよう!」と思ったとしても、決して自分で行わないで下さい。
テールピースの交換は弦をすべて外さないと出来ないために、駒の位置がずれたり、魂柱が倒れたりする可能性が高いです。駒を元の位置に戻せたようであったり、魂柱を立て直せたとしても、一度でもそうなってしまった楽器は音色は必ず変わりますし、元の音には戻せなくなります。
手先が器用でうまく出来たならいいですが、技術者が行わなかった場合はほぼ間違いなく音色は悪くなり、ひどい場合は楽器が壊れます。
テールピースの交換は必ず技術者に行ってもらうようにして下さい。
エンドボタン
バイオリンのフィッティングパーツの中で最も小さく目立たないのが「エンドボタン」です。
しかし、これが無いと楽器に弦が張れませんから、とても重要なパーツです。
このエンドボタン、バイオリンやビオラが誕生してから、長らく基本的に装飾があるか、無いかの違いくらいしかありませんでした。
Endbutton, Standard, Ebony, Violin
Endbutton, Grooved, Ebony, Violin
Endbutton, Mother of Pearl Eye, Ebony, Violin
Endbutton, Parisian Eye, Ebony, Violin
© Tempel
ところが近年は様々なメーカーが少し変わったものを発売しています。
STRADPET ®
上のSTRADPETは軽金属のチタン製で、真ん中に穴が空いているモデルもあります。
形というよりも材質によって音が変わる商品ですね。
© ACURAMEISTER
そしてこちらのものは材質が木材ですが、中心に穴が空いていながら従来のものと変わらぬ外観になるように工夫されています。
これらの中心に穴が空いているモデルは音を変化させることが目的ではなく、エンドボタンを取らなくても魂柱を覗くことが出来る様に工夫されたものです。
なので、穴が空いているのはどちらかと言えば技術者向けの改良です。
そして、なかなかに興味深いものがZMTの販売しているこちらのエンドボタン
© ZMT
エンドボタンを六角レンチで回すとテールガットが引っ張られてテールピースが動くと言うものです。構造がなんとなく想像はつきますが、それでも不思議です。
なぜテールピースの位置を動かすのかというと、駒からテールピースまでの長さを変えることによってそこに張られた弦の僅かな共振の程度を変え、音色を変化させるためです。
ここの長さ
これはどのフィッテイングパーツを使用しても考慮しないといけないことなので、私も含め多くの技術者はテールガットの長さを決めるのに気を使っています。
実はこの商品以外にもエンドボタンではなく、テールピースに調節機能が付いたものがWittnerから出ています。
テールガットの長さを調整するのに、今まではテールピースを楽器から取り外してからでないと出来ない、つまり弦を全て緩めて取り外すので駒と魂柱の位置が変わる可能性があったのですが、これらを使用すれば弦を張ったまま、駒・魂柱を動かすことなく調整することが出来るのです。
ここの調整は本当にシビアですから、これらの商品はとても有効なのですが、まだまだ発展途上でもっと多様性が出る必要があると感じます。
なぜなら、使用者の好みによって様々なタイプを選べるほどには商品展開していませんので、デザインが気に入らなければ使用されないのです。
「音が良くなるならいいじゃん」と思われるかも知れませんが、実は音色などは楽器の持つポテンシャルよりも演奏者の技術力やモチベーションの方が影響力が大きいのです。
気に入らない楽器では良い音色も出ませんし、良い演奏も出来るはずがないのです。
これは私が何度も言ってきた「オールド楽器の実力」であったり「楽器を選ぶ上での心構え」にも通じることです。
さて、この様に近年はエンドボタンですら進化を遂げてきていますが、これらはどちらかと言うと楽器の調整をしやすくするために進化してきた様です。
ところが今から45年位前に、音色を変化させることを目的としたエンドボタンが発明されたことがありました。
それは、アメリカのバイオリンメーカーであるカルボーニ(William Carboni)が発明したカルボーニボトム(Carboni Bottom)です。
中心に穴が空いているアルミニウム製のエンドボタンで、これを使用するとまろやかな音に変化するというものです。穴をコルクなどで塞げば元々の音色に戻るのだそうですが、それが本当なのかどうかは私は見たことも演奏している所を聞いたこともないのでなんとも言えません。
ネット上でも全くヒットしないので、謎のままです。もし知っている方がいらっしゃったらお教え下さい。
ちなみに、私は上述のACURAMEISTERのエンドボタンを使用して製作した楽器があったので、試しに穴を塞がずに演奏してみたことがあります。
印象としては、音量が若干上がったような気がしましたが、音に深みがない空気が抜けているような音色になりました。当然塞いだ時と比較しましたが、音量もそこまで大きくなるわけでもなく、私は穴を塞いだほうが深みのあるいい音色だと思いました。
これがカルボーニボトムと同様の結果かどうかわかりませんが、発明されてからその後に消えていることを考えると、あまり好評ではなかったのではと思います。
上述のSTRADPETのものでも同様な仕組みであるにも関わらず、穴を塞がない時の音色に関しては全く記載されていませんでしたから、案外好ましい結果が得られないものなのかも知れません。
エンドピン
チェロはその語源からして中途半端な大きさの楽器です。
チェロ(Cello)は英語ですが、その語源であるイタリア語で「Violoncello」と書きます。
さらに、その語源は弦楽器という意味の「Viola」に「大きい」という接尾語「-one」をつけたバス担当の楽器「Violone」(大きいViola)に、さらに「小さな部屋」という意味の言葉「cella」をつけて「Violoncello」(小さいViolone)となります。
つまり、Violoncelloとは「大きくて小さいViola」なのです。
その昔、チェロは大きすぎず小さすぎない大きさのせいで、実に演奏しにくい楽器でした。
「何を言っとるのだ」
と思われるでしょう。
そりゃそうです、現在は演奏しにくい楽器ではありませんから。
ですが、誕生した頃は今のような伸びるエンドピンはまだ発明されていなかったため、演奏するときは床に置いたり、椅子などに乗せたり、足で本体を挟んで演奏しないといけませんでした。
Dirck Hals (1591-1656)
コントラバスは人間と同じくらいの背丈がありますから、床に置いて演奏するのは自然なことですが、チェロはさすがに床に置いて演奏するには低すぎる気がするのは私だけでしょうか?
床に置いて演奏する場合はハイポジションを押さえにくい気がします。
歌のレッスン:Jan Jozef Horemans II c. 1750
床に置くのは低すぎると思っている人は上の絵のように台に乗せたりしたでしょう。
でも専用の台をいちいち持ち歩くのはなかなか大変です。持ち歩かない場合、演奏するところに台があればいいですが、無い時は仕方がないので床に置いて演奏するんでしょうか。
Earl CowperとCharles Goreの家族:Johann Zoffany c.1770
Luigi Boccherini (1743-1805) の肖像:Pompeo Batoni (1708-1787)
足で挟むのもそれなりにコツがいります。現在の古楽奏者は足で挟むこの演奏スタイルを復元して行っています。実はこれはこれで曲の表情に合わせて楽器の角度を変えられるので、表情豊かに演奏できるそうです。
じゃあ「そのままでも良かったのではないか?」とも思いますが、そうならなかったのはやはり演奏しづらかったからでしょう。(ホールなど、演奏する場所が広くなっていったことも要因ではあるのでしょうが。)
ただし、当時のチェロすべてがバイオリンのようなエンドボタンのみだったわけではなく、ボッケリーニの100年以上前である1619年に出版された Syntagma musicum には長いエンドピンが付いている楽器の図が載っています。
Syntagma musicumの挿絵、「6 Bas-Geige de bracio」と書かれた一番大きな楽器にはエンドピンがある
おそらくこの図に載っている楽器のエンドピンは固定されていて抜くことは出来ないものだったと思われますが、すでに17世紀頃にはエンドピンというアイデアはあったようです。
その後、エンドボタンに穴を開けて棒を差し込むエンドピンが発明されました。
ただし、この当時は長さを調整できるものではなく、ただ棒を差し込むだけだったようです。
長さは演奏家の好みに合わせて作られたことでしょう。
General View of the Violoncello:Carl Schroeder
現在のような長さの調節と出し入れの出来る金属製のエンドピンは19世紀後半にパリ音楽院の教授だったフランソワ・セルヴェが紹介したのがきっかけで世に広まったと言われています。
Adrien-François Servais 1807–1866
しかし、その後も差し込み式を愛用する演奏家も多く、スペインのチェリストであるパブロ・カザルスは差し込み式のエンドピンを愛用していました。
Pablo Casals 1876 – 1973
この様にチェロのエンドピンは進化を遂げてきました。
そして、今でも進化し続けています。
現在の一般的なエンドピンは、以下のようなネジで棒を止めることによって出し入れ出来るようにしています。
c:dix® Cello Endpin Uni, Ebony Cone Ø 25 mm
このタイプはエンドピンを差し込む「ソケット」と呼ばれる部分と、棒である「エンドピン」が楽器の振動によってぶつかって雑音を出してしまうことがあり、雑音を無くした上で、より確実にエンドピンを傷つけることなく固定できるように改良しているものがあります。
Herdim® AX-Lock Cello Endpin Carbon, Nylon Cone Ø 25 mm
また、エンドピンを長めに出して使用すると、楽器の角度が水平に近くなり、エンドピンの先がしっかり床に刺さらずに滑ってしまうことがあります。
そのため、エンドピンが床に対して垂直に近くなるように改良しているものもあります。
ULSA CELLO END PIN STANDARD
STAHLHAMMER CELLO END PIN CARBON FIBER
フランスのチェリスト、ポール・トルトゥリエ(Paul Tortelier 1914–1990)がこのタイプのエンドピンを発明したと言われていて、このタイプのエンドピンを愛用していた演奏家として、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチも有名です。
Mstislav Rostropovich (1927—2007)
さらに、先っぽだけ刺さる角度を変えているものもあります。
GEWA CELLO END PIN TIP
Alberti Cello Endpins
ここまでは使い勝手を良くするためにエンドピンとソケットの構造を改良して来ましたが、近年はチェロの音色を変える目的で様々な材質のエンドピンが発売されています。
どう変えるかと言うと、簡単に言うと「重さ」です。
重い素材で作られたエンドピンを使用した楽器は、はっきりとした発音の芯のある音になる傾向にあります。
軽い素材で作られたエンドピンは優しい音になる傾向にあります。
ただしこれはあくまで傾向であり、重さだけでなくしなやかさによっても発音は変わります。
最も体感できるのは重い素材であるタングステン製のエンドピンに交換した時だと思います。
私も体験したことがありますが、それはもうはっきりとした発音で、音量も大きくなってびっくりしたことがあります。ソリストにはうってつけだなと思いました。
ただ、タングステンのエンドピンは結構値が張ります。
他にも、チタンや真鍮、カーボンファイバーなどもあり、その上芯材と周辺の材料を変えたりしているものもあり、現在ではバリエーションも豊富にあります。
サラサーテ vol.62 2015年2月号 P.65
このように、エンドピンは棒がなかったところから、ただの棒ではなく様々な材質のもので音の調整もできるように進化しました。
チェロの音色に悩んでいる方は一度試してみるのも良いかも知れません。しかし、全体的に高価なために個人で気軽に試すのはなかなか出来ないでしょう。試奏用に取り揃えているお店もあるみたいですので、まずはそんなお店を探してみてはどうでしょうか。
また、エンドピンはすべて同じ様に見えても棒の直径が違うものがありますので、自分の楽器についているソケットの穴の直径に合わないために、変えられるものは限られてくることもありますので注意して下さい。
その場合はソケットの交換をしたくなるかも知れませんが、ソケットの交換は素人が行うと楽器の状態を悪化させてしまいますので、必ず技術者に行ってもらうようにしましょう。
出典・参考文献
Wikipedia
Evaristo Baschenis
Dirck Hals
Charles Gore (artist)
Luigi Boccherini
Adrien-François Servais
Pablo Casals
Mstislav Rostropovich
More than Tools|Dictum
Tempel Feine Bestandteile
STRADPET®
Frirsz Music
ZMT - Zoran Markovic Tailpiece
Tonal Tailpiece - by Kenneth Kuo
Wittner ® GmbH & Co. KG
神田侑晃 著: レッスンの友社:「ヴァイオリンの見方・選び方 基礎編」
Michael Praetorius 著:「Syntagma musicum」
William Braun 著:University of Nebraska-Lincoln「The Evolution of the Cello Endpin and Its Effect on Technique and Repertoire」
(株)せきれい社:サラサーテ vol.62 2015年2月号
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