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バイオリン製作家になるためには
職業としてバイオリン製作家になりたいという方はいらっしゃることでしょう。
現在はインターネットで検索すればある程度の製作方法を知ることが出来ますが、きっかけがわからない方もいらっしゃるでしょうから、私がわかる範囲での方法をご紹介します。
まずバイオリン製作の道に飛び込むためには
日本の学校に通う
留学する
製作家の弟子になる
専門店に就職して修理人になる(その後開業)
楽器メーカーに就職して職人になる
独学で勉強する
といった方法があるのではないかと思います。
それぞれで製作家になった方々がいらっしゃるのでどの道も不可能ではありませんが、下に行くほど一人前になるための道程が長くなる、または難易度が高くなる、あるいは本人のヤル気と行動力が必要になります。
※一人前になるにはどの道も難易度は高いですが、逆にバイオリン製作家というのは半人前であっても名乗ればなれる仕事でもあるので、あえて「一人前」と言っています。
日本の学校に通う
バイオリン製作を始めるにあたって最も敷居が低い方法は「学校に通う」です。特に日本の学校に通うのが一番手っ取り早いでしょう。
しかし、敷居が低い分、学費はそれなりに必要です。日本の製作を教えてくれる多くの学校では年間100万円以上の学費が必要になります。また多くが2年以上の学校生活が必要ですし、実家から通うならまだしも、遠方の場合は住居費などの生活費も必要になります。
そしてここが重要ですが、学校を卒業してすぐに一人前の製作家になれるわけではなく、その後企業や製作家の元での修業が必要です。(日本の学校でも外国に留学したとしても同じです)
学費や生活費を考えると日本の製作学校に通うのは、他の一般的な専門学校や大学に通うのと大きく変わらないと思えば間違いないと思います。
以下に私が知っている日本の学校を紹介します。(2023年度学生募集中)
※2020年では募集していた学校も、2021年度以降の募集はしていない学校があったり、中部楽器技術専門学校は音楽サービス創造学科の3年生時のバイオリン選択が2024年度から閉講となりました。
現在では国立音楽院だけとなってしまいましたが、国立音楽院は学校法人として認可されてません。
学校法人として「認可されている」のと「認可されていない」のが何が違うのか簡単に言うと、卒業後に「学歴として履歴書に書けるかどうか」が違います。
専門学校は卒業すると「専門士」という(大学で取得できる「修士」や「博士」といった学位に準ずる)称号が与えられます。ただし、修士や博士のような国際的に認められた学位ではなく、日本国内のみの称号です。その分、高校卒業以上の学歴がないと入学できません。
専門学校ではない場合は極端な言い方をすれば駅前のカルチャースクールと同じで、学歴とみなされません。それに、学校法人ではありませんから交通費などの学割は認められていません。しかし、逆に入学資格を設けていない(高卒以上の学歴が無くても入れる)学校がほとんどですし、カリキュラム設定が厳しくないので、場合によっては製作実習しかしなくても卒業出来たりします。
それぞれメリット・デメリットがありますので、どこを選ぶべきかは個人の目指すものによって違います。
特に学校の立地は大きく左右します。卒業後の就職斡旋先がその学校のある地域に強いのは当然ですし、一人暮らしするか、実家から通うかで費用も大きく変わります。
また、同じ国立音楽院でも教える人は違いますからその特色は大きく変わります。教師はイタリアで修業した人もいれば、ドイツで修業した人もいます。さらには各地の複数の製作方法を学んだ人もいます。
それに、イタリア系の教師だから皆イタリア式の同じ製作方法を教えるわけではありません。(イタリアの製作家でも様々な方法で製作しています。詳しくはクレモナの伝統的な工法を参照してください)
どちらかというと教える内容は各教師によって違うので、そこにこだわりがある人はそれぞれの学校の教師がどういった人か自分で調べて下さい。
このように、学校によって状況は様々ですので、良く調べてから進路選択してください。
留学する
もちろん海外へ直接留学する方法もあります。イタリア、フランス、ドイツ、アメリカ、イギリスといった国にはそれぞれで製作学校があります。日本ではイタリアとドイツの学校出身者が多いですね。
留学となると語学が一番心配でしょう。私の通ったイタリア・クレモナの学校では、当時は「度胸とお金があればなんとかなる」学校でしたが、ドイツやフランスの学校などは語学の資格がないと入学出来ないようです。おそらく、今後はイタリアも含め語学が出来ないと入学が難しくなる方向になっていくでしょう。
資金の方も気になりますが、イタリア・クレモナの学校は国立で学費が殆どかからなかったので、生活費と渡航費、引越費が主になりました。そう考えるとクレモナの学校に行くよりも日本国内で地方から東京の大学へ行くほうがお金はかかるかも知れません。
海外留学は、言葉がわからない中でとにかく自分でなんとかしなければならないこと(入学手続き、住居探し、水道・ガス・電気の手続き、滞在許可等々)が多いので、語学・資金も大切ですが、度胸とヤル気そして運がとにかくものを言うと思います。
なお、留学斡旋企業はあまりバイオリン製作学校を扱ってはいないようです。
海外のバイオリン製作が学べる学校
イタリア:Istituto di Istruzione Superiore "Antonio Stradivari" (Scuola Internazionale di LIUTERIA)
イタリア:Scuola Civica di Liuteria di Milano
フランス:Lycée Jean Baptiste Vuillaume
ドイツ:Staatliche Berufsfachschule für Musikinstrumentenbau Mittenwald
アメリカ:The Chicago School of Violin Making
イギリス:Lincolin College/Music Instrument Craft
各学校の情報は自分で検索して確認して下さい。
なお、サイトから申し込むだけでは留学はできません。ビザの申請は必ず必要ですし、学校によっては学歴の等価証明(各国の大使館・領事館が行っている、日本での学歴が他国の学歴と同等かどうかの証明)などが必要になるでしょう。
意欲のある人は自分でしっかりと情報を探して諸々の手続きを行って下さい。
逆に、これくらいのことが出来ないようでは留学先でかなり困ることになると思いますので諦めたほうがいいかもしれません。
製作家の弟子になる
日本には私を含め個人事業で工房を開いている方がたくさんいます。日本弦楽器製作者協会や関西弦楽器製作者協会のホームページを確認して頂ければどんな方々がいるかわかります。
彼らにお願いして弟子にしてもらう、または知り合いのコネで弟子にしてもらう等の方法があります。
そして大切なことは、とにかく弟子にしてもらうため、そして弟子となった後にも、親方となる人とコミュニケーションをたくさん取って信頼関係を作らないといけません。
これは単純な話で、「親方となる人がその弟子と一緒に仕事をやり続けることが出来るか」が最も重要な要素となります。つまり、親方が「その弟子と一緒に仕事をしたくない」と思うようになったら、弟子生活は終わります。
いわゆる破門ですね。
また、弟子は基本的には給料が出ないケースが多いですから、そういう意味では精神的にも経済的にもなかなかに厳しい環境におかれることになります。もちろん工房によって待遇は違いますが、「雇用」ではない「教育・指導」という形になるので、かなり社会的にグレーな(雇用として見ればブラックな)立場になることを覚悟する必要があります。
ちなみに、私は中部楽器技術専門学校で非常勤講師をしている立場上、弟子は取らない方針です。
この様に理由は様々ですが弟子を取らない方針の製作家は多いと思いますので、親方を見つけるだけでもかなり努力が必要ですね。
しかし、別の方法として「製作教室に通う」という方法もあります。
製作家の工房で製作教室が開かれているところもあり、検索してみると結構あります。
こちらはGoogle検索以上の情報を私は知りませんので、「バイオリン製作教室」で検索してみてください。
この製作教室は、学校よりも軽い趣味レベルでも参加可能ですから、取り敢えずやってみたいという方には丁度いいでしょう。費用も学校より少なくて済む場合が多いです。
ただし、工房によってレベルは違いますが基本的には趣味のための教室ですので、より高度な技術が学びたい、一人前の職人になりたい場合はその工房の親方の弟子になるくらいしないとダメです。そこのところは各工房によって対応は異なるでしょうから、しっかりと相談する必要があるでしょう。
専門店に就職して修理人になる(その後開業)
バイオリン専門店は都市部を中心にいくつかあります。専門店と謳う以上、修理・修復を必ずそのお店が行っています。(逆にそうでなければ専門店とは呼べません)
また、弦楽器を取り扱う商社も海外から輸入した楽器の修理・調整が必要なために技術者が常駐しています。
稀にですが、そういった専門店・商社で技術者の求人があることがあります。殆どが経験者や前述の日本の製作学校からの卒業生を採用するので、滅多なことでは入社は叶いませんが、全く無いわけではありません。
これに関しては熱意がある上で、コネを持っているか、タイミングが良いかの運次第とも言えます。
楽器メーカーに就職して職人になる
日本にもバイオリンメーカーは存在します。私が知っている中では以下の通り。
株式会社アルシェ(楽弓以外に本体も製作している)
杉藤楽弓社(楽弓のみ)
※常に求人があるわけではありません。むしろ求人が無い方が当たり前です。
これらは「楽器店に就職して修理人になる」と同じで、求人が無いわけではありませんが、経験者や前述の日本の製作学校からの卒業生が有利です。それ以外となると熱意がある上でのコネとタイミングがものを言います。
独学で勉強する
インターネットの普及で比較的簡単に製作の情報が手に入るようになり、独学で製作を行うのも可能になっているように感じますが、入り口が広くなっただけで、きちんとした楽器が作れるようになるには個人の資質が大きく左右されます。
日本最初のバイオリン製作は三味線職人が見よう見まねで作り始めたのが始まりですが、写真を見ただけで「バイオリンのようなバイオリンではない楽器」であるのがわかります。
政吉第1号のバイオリン
鈴木バイオリン製造株式会社:鈴木政吉物語より
バイオリンの無かった昔の日本ならまだしも、現代ではそんな見よう見まねで作られた楽器を買ってくれる人はまずいないでしょう。
バイオリン製作は日曜大工の延長で出来るものではありませんので、個人的に製作して自分で使う分には問題ありませんが、製品としてみた場合は、誰かに教わらないと細かな取り決めや守るべきことが守られていないことが多く、バイオリンらしきものしか作れません。
それに、木工作業の基礎ともいえる刃物の研ぎでさえ、誰かに教わらないと正しく研げたかどうかの見極めですらかなり難しいでしょう。
それでも、もし独学で勉強することを目指すなら、まずたくさんのバイオリンを見てどんなものなのかを知らないといけません。ストラディバリウスなどの銘器を見ることが出来ればなお良いですが、日本国内では特別な展覧会などが無い限り間近で見ることすら出来ないでしょう。
その上で、インターネットの情報だけでは全く情報が足りませんから、多くの書籍を読むようにしてください。特にバイオリンの専門書は外国語で出版されているものの方がより詳しいですので、日本語のものだけでなく洋書を読むことが必要でしょう。
バイオリン製作にはノコギリやノミといったホームセンターで売っているような一般的な木工工具だけでなく、豆鉋やベンディングアイロン、キャリパーなどの専門工具も必要になります。また、原材料のスプルスやメイプルもバイオリン専用の木材が必要になります。
これらは現在はインターネットで個人的に購入が殆ど出来るようになりましたので、資金さえあればなんとかなります。
しかしいずれは、それが弟子になるのであれ意見を求めるのであれ、誰かに教えを乞う必要があると思います。われわれ製作家になった者でも、一人で仕事をしていると偏った見方や作り方になりがちで、「井の中の蛙」になってしまいます。
そのため、他の製作者とのコミュニケーションはとても重要です。
私も毎年東京で開かれる弦楽器フェアで他の製作者と意見交換したり、他の製作者の作った楽器を見たりして勉強しています。
そういったイベントなどで製作家と仲良くなっておく必要はあるでしょう。
このように決して独学も不可能ではありませんが、難易度は最も高くなるでしょうし、回り道をしてしまっていても、それが回り道かどうかさえわからなかったりします。
それでも、志を高く持って邁進すれば不可能ではありません。
一人前とは
以上が私が思いつく弦楽器職人になる道です。
具体的にどのくらいの期間で開業または弦楽器職人と名乗れるかは、その人が一人前と思う状態によって違います。
例えば、「とにかく製作家として名乗れればいい」と言うなら、楽器が売れるかどうかは別として、製作学校などで製作を学んだだけでもなれます。
極端な言い方をすれば日本には製作家になるための資格などは無いので、楽器を作ったことが無くても名乗ることは出来ます。しかし、周りの人が認めるかどうかは別の問題です。
日本弦楽器製作家協会に個人会員として入会できるかどうかが、ある意味日本での製作家としての資格と言えるかもしれません。
個人会員部門
個人会員部門へは、弦楽器製作または修理を職業とし3年以上の経験を有し、尚且つ本会の会員(または各国の製作者協会員)の推薦を有する個人で、さらに、役員会において過半数の承諾を得たものが入会することができます。
日本弦楽器製作者協会への入会 より
もちろん世間に認められる製作家になるには10年以上の経験が必要でしょう。それ以外にも国際製作コンクールでの入賞があれば世界的に評価は上がるでしょう。
「製作はもちろん、とりあえずよくある修理(毛替え、セットアップ等)が出来れば良い、難しいのは外注する」と言うなら製作を学んだ後に修理工房か専門店に就職して、修理の実務経験が2年位あれば開業できるでしょう。
しかし、故意ではなくても知識不足による詐欺まがいな楽器販売や、修理の経験不足による様々なトラブルが続出する危険は覚悟する必要があります。
「とにかく開業した暁には自分一人で全部やる」という人は製作を学んでから修理工房や専門店に就職して、修理の実務経験を最低4・5年積む必要があるでしょう。それでも難しい修理は誰かに頼ることになる場合もあると思います。
更に、「自分一人で全部やる上で、海外へ買い付けなども行いたい」なら実務経験は10年では足らないでしょうし、そういった事が出来る勤務先での経験や海外の業界とのコネも必要です。
以上はかなり努力し、運が良かった時の最短期間です。
その上で、死ぬまで技術向上と知識向上を怠らずに勉強し続けなければなりません。
しかし、どの方法であっても弦楽器製作家になるためにはその道に入る事以上の努力と忍耐力が必要です。
そして最後に、おそらくこれさえ守れば絶対になれる事があります。
それは「諦めないこと」。
スラムダンク 第69話「WISH」より
「諦めたら試合終了だ」というのは真実です。
"寿命が来ない限り"という制限はありますが、技術以外の仕事や、バイオリンとは全く違う分野の仕事をやっていたとしても諦めなければいつかは必ず、間違いなく製作家になれます。
容易い道ではありませんが、不可能な道でもありません。