高校時代の友人と眉毛の思い出
私が中学〜高校生だった2000年頃、眉毛のトレンドは細眉だった。
極端に角度がついた細い眉毛に、髪はどっかに突き刺さりそうな真っ直ぐストレート、スカートはパンツが見えるギリギリまで短く、ミシュランマンのようなルーズソックスをはいた女子高生がそこらじゅうを闊歩していた。
私はわりと校則がうるさい学校に通っていたので周りにそこまで派手な人間はいなかったが、半数以上の女子はストレートパーマか縮毛矯正をあてていたし、靴下もほどほどにルーズだった。
そしてそんな生徒たちを取り締まるため、学校では数ヶ月に1回服装検査というものが実施されていた。同学年の生徒が体育館に集められて身だしなみをチェックされるのである。
今回はその服装検査にまつわる忘れられない出来事の話をしたいと思う。
先に言っておくが、高校生の美しい友情の話だったりほろ苦い初恋の話だったりということは全くないので、そういうのは期待しないでほしい。タイトルの通り眉毛の話だから。しかも友人の。友人よ、勝手に全世界に眉毛の話公開してごめん。
私には高校3年間同じクラスだったIちゃんという友人がいた。肩にかかるぐらいの長さの髪はいつも縮毛矯正がかかっていてサラサラだった。よく鏡を見て前髪を整えていた。笑い声は「オホホホ」だった。言葉の語尾にいつも「だわん」を付けるのがクセだった。
なぜ語尾が「だわん」だったのかわからないが、高校入学時に初めて会った時からその言葉を当たり前のように使っていたので私も特に気にしなかった。(気にしてよ)
理由を聞いたことがあるような気もするがよく覚えていない。
今回の話に語尾は関係ないので「だわん」はなかったことにしようかとも思ったのだが、「だわん」と言わないIちゃんなんてIちゃんじゃない…と思ったのでありのままを書こうと思う。
前置きが長くなってしまったが、そんなわけで所々出てくる「だわん」は特に深い意味はないので気にせずに読み進めてほしい。
それはいつものように私がIちゃんを含む数人の友人とお弁当を食べていた時のことだった。クラスの誰かが「今日昼休みの後服装検査だって」と言い出した。
そういえばそろそろだったかもしれない。
慌ててスカートの長さを調整し始める女子、ケータイの隠し場所を探す男子。教室が少しざわついたが、特に検査に引っかかるような項目が思い当たらなかった私はのんびりお弁当を食べていた。
しかし隣に座っていたIちゃんが唐突に「ヤバイ!!」と叫んだ。
「眉毛剃っちゃっただわん!!昨日!!やっちまっただわん!!!」
服装検査のチェック項目には「眉毛」というものがあり、剃ったりカットしたりしていると指導が入ることになっていた。「眉毛は生まれたままの姿を保つのが模範的な生徒」とされていたのだ。
眉毛チェックに引っかかった場合は、3のつく日(3日・13日・23日)に毎回眉毛の生育状況を先生に見せに行くという屈辱の罰ゲームが待っていた。
Iちゃんは「どうしようどうしようバレるかな?」と言いながら鏡を出して自分の眉毛を確認している。見ると、Iちゃんの眉毛は余計な部分がキレイに剃られてアイブローで細い山形に整えられていて、どう見ても生まれたままの姿ではない。
「それ多分バレると思うよ、諦めた方が…」と周りが声をかける中、少し離れた席で黙々と何かの作業をしていたMちゃんが口を開いた。
「私も眉毛チェック引っかかりそうだから、いま植毛してる」
えっ…何…植……?
「Mちゃん!!植毛ってなに!!??」
疑問を感じる間もなくIちゃんが食い付いた。眉毛をも掴む必死の形相である。
「腕の毛を抜いてね、眉に移植してるの。ほらこうやって…けっこう自然にできるよ」
Mちゃんはピンセットで自分の腕毛を抜き、それを1本ずつ眉毛のあった場所へ並べていくという狂気の作業をしていた。
驚くほど自然な仕上がりに「Mちゃんすごい」と称賛の声が上がる。
「てっ……天才!!Mちゃん天才だわん!!私もやるわん!!」
腕眉毛の完成度に感動したらしいIちゃんは、嬉々としてポーチから毛抜きを取り出した。そして自分も植毛作業を始めようと毛抜きを構え……一瞬で絶望した。
「あぁぁ…昨日…腕毛も処理しちゃったんだわん…」
Iちゃんの腕はツルツルになっていた。どうやら昨日はIちゃんのムダ毛処理デーだったようである。腕毛も眉毛も、多分スネ毛もワキ毛も、全部剃っちゃったのだ。
絶望したIちゃんはそれでも諦めなかった。
「髪の毛…まだ髪の毛が残ってる…髪の毛を眉毛の長さにカットして植毛する…」
そう言ってハサミとルーズリーフを1枚取り出すと、迷わず髪の毛先をカットし始めた。
Iちゃんのサラサラの髪が、パラパラ…パラパラ…とルーズリーフの上に落ちていく。
執念である。
多分今世界で一番眉毛を生やしたいと思っているのはIちゃんだろう。
がんばれIちゃん。負けるなIちゃん。生やすんだIちゃん!!眉毛を!!
…そう心の底から祈りながら、私は死ぬほど笑っていた。
箸が転がってもおもしろい年頃の女子高生が髪の毛を眉毛にしようとする友人なんて見てしまったら、笑うなという方が無理な話だと思う。
しかしそんなIちゃんに運命は残酷だった。
せっかくカットした髪の毛が眉にくっつかないのである。
そう…カットした髪の毛には毛根がないのだ。毛根の粘着力がないと毛がくっつかずに落ちてしまう。
「つかない…つかない…」としばらく呟いていたIちゃんだったが、決心したように立ち上がると、植毛作業を続けるMちゃんにそっと近付いて言った。
「Mちゃん、一生のお願いがある……
腕毛を分けてほしい」
Mちゃんは答えた。
「嫌だ」
自分の腕毛が他人の眉についてるなんて気持ち悪い、とMちゃんは言った。まともな答えだった。内容が根本的にまともじゃない気もするが。まともって一体何だろう。
Mちゃんに腕毛の寄付を断られたIちゃんは、今度は私の方を振り向いた。
「いけみ一生のお願い、腕毛を分け」
「ごめん」
ごめんIちゃん、私はまともだから腕毛をあげることはできない。
まともって何かよくわからないけど。
失意のまま静かに席に戻ったIちゃんはしばらく考え、今度はポーチからソックタッチを取り出した。
ソックタッチをご存知だろうか。
ずるずる落ちてくるルーズなソックスを理想の位置で固定するために使う接着剤である。当時はみんな持っていたが、今もどこかで売っているんだろうか。(調べたら売ってた)
そのソックタッチのフタを開けると、Iちゃんはおもむろに自分の眉にソックタッチを塗り始めた。
「これで髪の毛貼り付けるだわん」
執念である。
ここまでくるともう涙が出てくる。
Iちゃんは先程カットした髪の毛を慎重に貼り付けていった。数ミリの長さの髪をピンセットで摘んで、1本ずつ丁寧に眉に並べている。
匠の技である。
毛根でくっつけるのと違って自然に仕上げるのが難しいようだ。「ああっ」とか「ウッ違う」とかブツブツ言っている。
しばらく格闘していたIちゃんだったが、「ちょっと変になったからやり直す…」と言ってティッシュで気に入らない部分を拭き取ってしまった。
匠のこだわりが光っている。
しかしこれが間違いだった。
いや、これまでも間違いだった。
一体どこから間違ってしまったのか。
そもそも全部間違いだったのかもしれない。
でも彼女の努力を間違いだったとは言いたくない。
状況を確認しようと鏡を見たIちゃんは突然、
「オーーーーッホホホホホホホホホッホホホ」
と狂ったように笑い出した。
そして振り向いた。
「眉毛が全部消えちゃっただわん…」
なんということでしょう。
あれほど匠がこだわって並べた髪眉毛はすべてなくなり、さらにアイブローで書いていた眉毛まで跡形もなく消え去っていたのです。
ソックタッチは強力な眉毛除去剤となり、匠からすべての眉を取り去ってしまいました。
チャララ〜ララ〜チャラ〜ララ〜ラ〜…(BGM:TAKUMI/匠)
Iちゃんは泣いていた。
私も泣いていた。
2人とも泣きながら笑っていた。
その時予鈴が鳴った。昼休みが終わろうとしていた。
Iちゃんは呼吸困難になりながらも必死で体勢を整え、震える手でポーチの中のアイブローを掴んだ。
「オホッ…とりあえず…何もないのは…ウフッ…まずいから…ホホッ描くだけ描いとく…オホッホホホヒヒヒヒ眉毛ェエッヘヘヘホホホホホホ」
そこに服装検査に怯えるか弱い女子高生の姿はもうなかった。眉毛もなかった。
その後服装検査が行われたのだが、残念ながら私はそのあたりのことをよく覚えていない。何しろ20年程前の話なので眉毛以外の記憶がかなり曖昧になっている。
だからIちゃんの眉毛チェックが結局どうなったのかはっきりとは書けないのだが、恐らく引っかかったと思う。
あの匠の眉毛で切り抜けられたとは到底思えないので。
Iちゃんとはもう随分連絡をとっていないので今どうしているかはわからない。
今でもよくIちゃんの眉毛のことを考える(というのは嘘だが)元気にしているだろうか。
20年後の今は太眉ブームらしいから、きっとIちゃんの眉毛もフサフサしていることだろう。