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【小説】エシカルな私たち ⑬(地元の成人式)
台風の数日後、二回生の後期授業が始まった日に、父から電話があった。
「おう、桃子。元気か?」
普段電話をしてこない父のことだ。何か裏があると思った。
「うん。お父さん、どうしたの? 電話なんて珍しいね」
「今年の夏休み、帰って来なかったけど、流石に年末年始くらいは帰ってくるよな?」
「いいや。帰らないよ」
「困ったなぁ…。実は、母さんが『成人式には帰って来い』ってうるさくてな。『もう振り袖も決めてるから』って」
「なんで振り袖までお母さんが決めるの?」
「さあ。なんでだろうな」
「ごめん。もう切っていい?レポート書かないといけないから」
久々に感じた母の強引さに、心臓がぎゅっとなった。
なんとか帰省せずに済ませないか考えていると、翌日には母から連絡があった。
「あんた、成人式には帰って来なさいよ」
「別に成人式なんて参加しなくても問題ないでしょ?」
「そういう訳にはいかないのよ。もう借りる振り袖、予約しといたから。キャンセル料を払うわけにはいかないから、絶対に帰ってきなさいよ」
「誰も予約しといてなんて頼んでないでしょ。どうしてそんな勝手なことするの?」
「田舎じゃ、成人式には出席するもんなんだよ」
私の地元では、二十歳の若者は、成人式に必ず出席するのが暗黙の了解になっていた。出席しない場合、出席できない理由が何かあるのではないかと、地元の人たちに噂される可能性がある。
金と世間体を何より大切にする母のことだ。きっと、なにがなんでも私を成人式に出席させたいのだろう。
「それに、あんたに振り袖を選ばせたら、どうせ地味なやつにするんでしょ? お母さんが選んだやつを着た方がいいに決まってる」
いつだって母は、私の選択を、好ましくないことのように決めつける。そして何度も何度も、執拗になじる。
通話が終わってからラインで、振り袖の写真や当日の予定が、何枚も送られてきた。もう母の中では、出席することが確定しているようだった。
母の圧に抗うことができず、嫌々ながらも成人式に出席することにした。
大学に通いつつ、バイトに明け暮れていると、すぐに年末はやってきた。
地元を離れて進学や就職している若者が多いため、田舎では年明け早々に成人式が開催されることは珍しくない。
少しでも実家で過ごす時間が少なくなるように、年が明けてから帰ることにした。
年始の混雑する電車で大阪へ向かい、夜行バスで地元へ帰った。帰り着く頃には、前回の帰省以上に疲れ果ててしまった。
ベンチに座ってぐったりとしていると、里依紗が車で迎えに来てくれた。
「オーイ! 若者のくせに、何をそんなにグッタリしてるんだ?ガッツが足りん、ガッツが」
「里依紗、それって誰かのマネ?」
「エヘヘ。私が働いてる保育園の園長のモノマネ」
「なんか気持ち悪い。鳥肌立った」
「分かる? マジ、ムリ。超ウザイ。小さな事をネチネチ言う、女々しいジイさんでさぁ。子どもたちへの接し方も粗っぽいの。イヤになっちゃうよ、ホント」
そう言って里依紗は顔をしかめた。常に明るい彼女にしては珍しく、露骨に不快感を露わにした。戸惑う私に気付いたのか、「疲れてるみたいだけど、大丈夫?」と気遣う言葉をかけてきた。
「大丈夫。また迎え頼んじゃってごめんね」
「ヘーキ! けど、桃子が帰ってきてくれて良かった。せっかくの成人式だもん、マイベストフレンドの桃子が居なきゃ、つまんないよ」
「そんなこと言ってくれるのは、里依紗くらいだ」
「そうかなあ。みんな口に出さないけど『帰ってきてくれてありがとう』って思ってるんじゃないかな」
「そうだといいけど」
地元にいて、心が落ち着くのは、里依紗と話しているときくらいだ。このまま里依紗と二人で過ごしていたかったが、すぐに実家に帰った。
鶏さんたちへの挨拶が終わると、相変わらず小言ばかり言う母と、適当にしか会話をしない父とで、お節の残りを食べて過ごした。やっぱり、実家で食べるごはんは美味しくなかった。
翌日、母の選んだ、派手な赤い振り袖を着て成人式に出席した。
「あっ、桃子! その振り袖、超カワイイ」
「ありがと。里依紗のネイルも、超可愛いよ」
「でしょ。貼るタイプだけど、結構イケてる」
成人式の会場は、久々の再会に喜ぶ人たち、自分が主役だと言わんばかりに派手な格好をした人たちの声で溢れていた。化粧のせいで子どもの頃の面影がない女の子、学生時代から外見が変わらない男の子、見た目の変化は人それぞれだった。ただ、すでに社会に出て働いている人は、一様に大人びて見えた。
懐かしい気持ちで周りを見渡していると、ある一人の女の子が目についた。記憶の中では、いつも明るくて、誰にでも笑顔で接する子だった。
「里依紗、あの子ってどこに就職したんだっけ?」
「隣町の市役所だよ。どうしたの?」
「なんか顔色悪いし、表情が暗いなって。ちょっと気になって」
「ウワサ程度でしか知らないんだけど、仕事が大変らしいよ」
血の気のない彼女の顔を見て、心がざわついた。私もいつかは働いて、こんな目に遭う日が来るんじゃないかと不安がよぎったからだ。
私は感情を抑えるように、「へえ。色々あるんだね」とだけ言った。
「そうだよ。みんな大変なんだよ。社会人ナメんなって」と、里依紗は冗談めかして、先輩風を吹かせるように言った。
職場でどんなことがあって、あんな酷い顔をしているのだろうか。そんなことばかり考えていると、いつの間にか式は終わっていた。
式の後、飲み会があるようだったが、翌朝アパートに帰る私は、参加しないことにした。
別れ際、里依紗は「アタシ、来年保育士の試験受けるんだ。ゼッタイ受かって、一人前の保育士として、今の職場で頑張りたい」と熱のこもった顔で語った。
「そっか。里依紗なら、きっと大丈夫。私は就活頑張らなきゃだ」
「また、帰ってきてね。アタシ、何もないけど、生まれ育ったこの町が好き。だから、ずっと地元にいる。離れずにずっといたい。だから、たまには帰ってきてね」
彼女の言葉に、私は黙って頷くことしかできなかった。
成人式の翌日、父が軽トラでバス停まで送ってくれた。
父は感慨深げに、遠い目をして話しかけてきた。
「桃子ももう二十歳か。早いな」
「うん。ありがとうね、いろいろ」
「よせよ。お父さん、泣いちゃうぞ」
「嘘ばっかり。泣きゃあしないくせに」
「まあそうだけど。ああ、そうだ。これ」
父はポケットの中から茶色の封筒を取り出した。その分厚い封筒を私に手渡すと、中身を見るように促した。
中には一万円札が何枚も入っていた。
「えっ、なにこれ?」
「二十歳のお祝い」
「こんな大金、もらえないよ。それに、お母さんに怒られちゃう」
「いいんだ。黙って受けとれ。母さんにはナイショだ」
何度も返そうとしたけれど、父は頑なに受け取ろうとしない。
「あんまりたくさん仕送りできてないだろ?一種の仕送りだと思って、受け取ってくれ。これから就活で、色々とお金がかかるだろうし」
父にお金を受け取る意思がないと分かったので、感謝を伝えて、封筒を大事にしまった。
私が車を降りると、父は何も言わずについてきた。バスが出発してからも、ずっと私を見つめていた。
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![池田はまな📝🧶](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/169215323/profile_dcfa8ba9dfcd53d07879582188b1d9fc.jpg?width=600&crop=1:1,smart)