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【掌編小説】ばあちゃんの白髪染め

「ばあちゃん、そろそろ髪染めようか?」

「はい。お願い」

三か月に一度、ばあちゃんは美容院で髪を切る。

白髪染めだけは美容院ではなく、ばあちゃんちで、私が担当している。

私が8才になった頃から今まで続いている、ただひとつの仕事だ。

キッチンのテーブルに、薬剤やブラシを準備しているうちに、ばあちゃんがいつものイスに座った。

いつもは食事をとるテーブルのイスが、この日だけは白髪染め専用のスタイリングチェアへと代わる。

穴を開けたゴミ袋をばあちゃんに被せ、ブラシに薬剤をつけると、いよいよ白髪染めが始まる。

以前より線が細くなったばあちゃんの髪に、薬剤を塗り付けていく。

ごわごわした髪がブラシに絡みつくので、痛くない程度に力を込める。

「ばあちゃん、痛くない?大丈夫?」

「平気さ。こんなもんで痛いなんて言いうんだったら、髪なんか染めるなって話だよ」

ばあちゃんは驚くほどおしゃべりで、口汚い。

美容院で髪を染めている間、その口を閉じているのが嫌だったようで、私が白髪染めをするようになった。

その方が安くすむし、ばあちゃんとおしゃべりする時間が増えるから嬉しい。

「もういい歳なんだし、わざわざ染めなくたっていいと思うけど」

「何言ってんのさ。白髪ばっかりだと、余計ばあさんに見えるじゃないか。染めるのがマナーってもんだ」

続けて「ボケちまったら、もう染めないけどね」と言うと、鼻で笑った。

他人にされたら腹が立つことでも、ばあちゃんにされたら嫌ではない。

ばあちゃんの口や態度が悪いのは、もう救いようのないことで、今更どうこう言うつもりはない。

ずっと嫌なばあちゃんのままで生きていてほしい。

「最近の若い子は、緑とかピンクとか、いろんな色に染めるみたいねぇ。ろくに似合いもしないくせに」

「もう! そんな意地悪を言わないでよ。最近は、好きなアニメのキャラクターやアイドルの真似とか、推し活ってやつのために染める子が多いみたい」

「そういう偶像ばっかり追い求めて、現実を見ないやつが多すぎるよ。鏡で自分の姿さえ見ないんだろうね」

「ばあちゃん、そういうことばっかり言ってると”老害認定”されちゃうよ」

私がわざとらしく嫌な口調で言うと、ばあちゃんは大笑いした。

「アタシが”害”じゃなかったことがあるかい?」

私は否定も肯定もせず、ばあちゃんの顔を見て笑った。

あらかた薬剤を塗り終わってしばらくした後、洗面所で髪を洗い始めた。

「冷たくないですか?」

私が美容師さんの真似をして言うと、「熱いよ、お嬢さん」と嫌味ったらしく言った。

蛇口の温度を下げて、髪の地肌をマッサージしながら、お湯で流していく。

透明だった水が、薬剤によって泥水のような色になり、排水溝へ流れていった。

この汚れきった水の行き先は下水道に行った後、浄化されて、川や海に流れていくのだろう。

こんなに汚れた水をきれいにできるなんて、すごい技術だ。

でも、そもそも髪なんか染めなければ、薬剤で汚れた水をきれいにする必要なんてない。

髪を染める行為って、人間の髪を表面的に美しく見えるようにする代わりに、水を汚すことだと思う。

そんなことを考えもせず、ただいたずらに髪を染め、汚水を垂れ流す人間が、私は嫌い。

だから、私は一生髪を染めないって決めてる。

白髪が増えても、絶対に白髪染めなんかしない。

実年齢より老けてるって馬鹿にされたって、染めてやるもんか。

洗髪が終わったので、ばあちゃんの髪をタオルで拭いていく。

タオルを通してばあちゃんの髪に触れる、この時間が私は好きだ。

「一応、ムラなく塗ったから、ちゃんと染まると思う」

「いつもありがとう」

白髪染めが終わった後、ばあちゃんは感謝の言葉をくれる。

その言葉には、ばあちゃんのものとは思えないくらい、優しくて、暖かいものがある。

ばあちゃんの白髪染めだったら、私はいつまでもやりたい。

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池田はまな📝🧶
読んでくださって、ありがとうございました。また、どこかでお目にかかることを、楽しみにしています。