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職在広州 朝鮮族の結婚式

(時事速報 「広州から見たベトナム」2009年10月14日を再編集しました)

朝鮮族の同僚の結婚式に参列するため吉林省の図們市に飛んだ。市区の東側を流れる図們江の対岸は北朝鮮の南陽市である。この国境の町に生まれ育った同僚(男性)が幼馴染と結婚することになり、結婚式に招待されたのである。

市内のホテルに投宿した私は、式当日の朝、約束の7時半に新郎の実家(集合住宅の3階)を訪問した。祖母と両親と妹のほか親族一同、そして幼馴染みの青年、ビデオ撮影の業者などで2LDKの彼の実家はごった返していた。新郎の着付けを家族が手伝い、準備を整えた新郎はソファに腰掛けた両親に向かってなにやら朝鮮語で「お世話になりました」と土下座して深々と頭を下げた。おばあちゃんや親戚のおじさんたちにも同じような挨拶が繰り返される。私はそうした光景を傍らから眺め、見届けるというのが期待された役回りであるらしい。広州からはるばる新郎がはたらく会社の上司が参列しているということが、何よりも一連の結婚式の格式を引き上げる効果もあり、かつ親類縁者に対しても、出世した倅を披露する際の演出効果として抜群なのであろう。

朝鮮族が多く住む延吉の町(2009年7月)
延吉の町(2009年7月)

新郎の実家で一連の儀式を済ませると、いざ花嫁をもらうために車数台に分乗して出陣する。300mほど離れた新婦の家もまた集合住宅の3階にあった。新婦の家でも、化粧を終えた花嫁がもう一度お母さんやおばあちゃんに化粧を手伝ってもらう儀式から始めるのである。新郎は正面に座ってそれを恭しく、待ち遠しい思いで鑑賞するということらしい。新婦の家でも両親への挨拶や親戚の紹介、結納品のお披露目など様々な儀式が演じられた。クライマックスは新郎が新婦を抱きかかえ玄関から車まで走るところである。団地の3階から階段を降りて一階まで行くシーンは、抱く方も抱かれる方も必死で、まるで何かの罰ゲームをやらされているのではないかという様態だった。その後、街を車で練り歩き(走り)、図們江の国境ゲート付近で北朝鮮を背景に記念写真を撮り、披露宴会場となるレストランに着いた。すると、新郎新婦の到着に合わせ爆竹が炸裂し、チマチョゴリを着た女性親族一同が朝鮮民謡を踊りながら新郎新婦を迎えた。

図們江の国境橋と北朝鮮南陽の町。(2009年7月)
披露宴会場前で新郎新婦を迎える女性たち(2009年7月)

良質な民間行事
実はこうした結婚式参列は初めてではなかった。ベトナムで暮らした6年の間に数多くの結婚式に参列した。基本的には朝鮮族もベトナム人も同じである。おそらくはかつての日本の結婚式も細部は異なるにせよ、このような一連の儀式が執り行われたはずである。ベトナムではゲアン省での結婚式に出たことがある。新郎家の軒先での宴会は3日3晩続き、遠方の親戚や友人、そしてご近所さんがひっきりなしにやって来ては食べ、飲み、そして去っていった。集会型というのか、三々五々式というのか、好きな時間帯に訪問して結婚間近の新郎と両親を祝福するのである。新婦の家でも同様に数日間の前祝の宴会が続く。外国人でベトナム語を話す人は少なかったから、私が親族の立ち位置で同席していることは、訪問客のお相手をさせるのにうってつけだったのであろう。新郎以上に出番が多い連夜の宴会に辟易しながら客寄せパンダの役を請け負ったのである。

本などによると、昔の日本の結婚式もベトナムや朝鮮族と基本は変わらない儀式で構成されていた。結納の儀や花嫁の出迎え式、町内の練り歩きなどである。両家揃って客人を向かえる披露宴はむしろ最近のことである。両家は結婚前に別々に宴会を催し、数日かけて訪問客をもてなした。都市への一極集中が現代ほどでなく、かつ交通手段が発達していなかった時代、結婚が決まった男女というのは町内や隣村など近い所に住む者同士であった。経済発展に伴い、会社を長期間休めないとか、公道の主役が自動車になったため練り歩く場所がなくなったとか、とにかく不便になったのである。そして、先の朝鮮族やベトナム人の結婚式でも練り歩くのはやめて、バイクや車に分乗して町内を徐行するのである。古来の様々な風習が儀式化(簡素化)されて今に受け継がれている。

新婦の祖母に挨拶する新郎新婦(2009年7月)

日本は簡素化が進み、古い習慣の大部分が姿を消した。集会型の三々五々式の宴会は劇場型の披露宴に変貌した。何よりも明治末期からは結婚式に宗教者が介在するようになり、民間行事が宗教行事に変わってしまった。結婚式場やホテルの宴会場の横にチャペルルームや神道式の部屋があるのは、世界的にみても珍しいのではないか。さらに、各業界が儀式を売り込んだため、ケーキ入刀やブーケトス、キャンドルサービスや熊のぬいぐるみプレゼントなど、随分とへんてこな儀式が新たに加わった。

朝鮮族やベトナム人の結婚式に出ると随所に人間臭さというか、コミカルな発見ができる。久しぶりに良質な民間行事を思う存分たん能できた気がした。

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