見出し画像

続・ベトナム街道 再利用の遺伝子

(ジェトロセンサー「間奏曲」2005年5月号を再編しました)

ハノイの街にはベトナム航空の機内備品が大量に流通している。街路のカフェでミルクコーヒーを頼めば、「Vietnam Airline」のロゴ入りコーヒーカップで出てくるし、ソーサーはプリンを乗せたり、食後のフルーツを乗せたり、そして時には取り皿になったりもする。他にもスプーンやフォーク、お手拭きなどバリエーションは豊富だ。当地の飲食業は「ベトナム航空がなければ成り立たないのでは」と思うくらいに航空会社の備品に依存している。これらは空港から出るゴミの山から分別されて市中に流れたり、未使用品が横流しされたりと、おそらくはそんなルートをたどって再利用されているに違いない。

100円のボールペンのインクがなくなった。私たち日本人は使い切った達成感に浸りつつ、晴れ晴れと捨てるに違いない。しかし、当地では雑貨屋に行って5円も払えばペン先から「チューッ」とインクを注入してくれる。また、ガス欠の100円ライターも分解してガスを入れてくれるし、石も交換してくれる。このほか、家庭で使う卓上カセットコンロのガスボンベも再利用可能だ。しかし、強度を失ったガスボンベが卓上で爆発したという惨事が時々報じられるので、これは少々行き過ぎなのかもしれない。

米国人とベトナム人
戦時中、北ベトナム兵士が履いていたサンダル(ホーチミン・サンダル)も古タイヤで作ったものだ。モノ不足の戦中こそ究極的な再利用社会であったに違いない。

無数にあるクチトンネルの出入り口(2012年11月)

ホーチミン市近郊には、当時の南ベトナム解放戦線が抗米戦の牙城として掘り進めた総延長250キロもの地下トンネルがある。クチトンネルと呼ばれるこの戦争史跡は、現在、ベトナム人民軍所管の観光スポットになっている。そこで見た記録映像の中で、当時の村人たちが米軍の爆弾や手榴弾の不発弾から火薬を取り出し、竹や糸を使って、より小型の簡易爆弾を手作りする様子が映っていた。また、爆薬が抜かれ、鉄屑と化した500ポンド爆弾を村の集会所の軒先にぶら下げ、釣り鐘として再利用するオチまでついていた。

クチトンネルに展示されていた不発弾などの砲弾(2012年11月)

その大胆な再利用振りに唸りつつ、クチトンネルに附帯する射撃場に立ち寄った。ベトナム人民軍兵士が「米軍のM16マシンガンがいいぞ」と顎で指した先には幾重もの戦火を経たであろう何丁もの古い銃器が無造作に置かれていた。さっきまで米国の戦争犯罪について「これでもか」とプロパガンダしたというのに、帰るその足でM16を撃って行けと言うのだ。先客の米国人の集団が恐らくはかつての同国人の遺品であろうその銃で的を射止め、ベトコン兵士の証であるチェック柄のスカーフを賞品として授与されていた。スカーフの意味を知ってか知らぬか、米国人は大はしゃぎし、ベトナム人兵士たちは笑みを浮かべてかつての敵国人を静かに見つめていた。戦争体験までも再利用して商売ネタにする強かなベトナム人なのである。

クチトンネルでブービートラップについて説明する現役軍人(2012年11月)

ハノイの喧騒に戻り、街路沿いのカフェでライムジュースを注文した。店員はポンプ式のシャンプー容器に入ったライム果汁の原液を得意気に「シュポシュポ」とグラスに入れ、それに砂糖と水を入れた。虹色に光る化学的な泡がかすかに浮かんだそれを眺め、綿綿としたこの国の人たちの再利用の遺伝子を思った。

いいなと思ったら応援しよう!