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続・ベトナム街道 お宅訪問

(時事速報 「広州から見たベトナム」2011年11月2日を再編しました)

先日、昔の名刺をいろいろと整理していたら、ベトナム人の名刺が結構出てきた。今となっては「誰だっけな?」という人たちが多いのだが、仕事場の連絡先のほかに、自宅の連絡先「Dien Toai Nha Rieng(DTNR)」を記載している人がたくさんいた。何かあったら遠慮なく家に電話して良いのだから助かるが、実は会社よりも自宅にいる時間が圧倒的に多いということなのかもしれない。あるいは固定電話の普及率が低かった時代だから、自分の家には既に電話があることを誇示する意味もあったかもしれない。今では携帯電話が普及しているので自宅電話番号までを名刺に記載している人はほとんどいないが、ベトナムでの家庭訪問はそういえばずいぶんと敷居が低かったことを思い出した。当時、ベトナム人にこの名刺上の自宅電話の意味を聞いたら、「家に遊びに来るときは前もって電話してくださいという意味です」との説もあった。会社よりも家にいることが多く、かつアポなしで自宅を訪問する人が多いということだったのかもしれない。

1990年代中ごろのベトナムの電話普及率は100世帯当たり3台程度だった。このため、友人の家に遊びに行くときに電話してから行く習慣などなかった。ベトナム人は初対面の人にでも、「今度時間があったら自宅に遊びに来てね」と声をかける。社交辞令なのかもしれないが、ベトナム語を操る外国人が珍しかったのだろうが、街でたまたま会っただけなのに、例えば、シクロの運転手であったり、西湖の船頭であったり、大家の友人であったり、かなりの頻度で「ちょっと家に来て飯食っていかないか?」と誘われたものだ。

ハノイの西湖の船頭。なぜか夕食に招かれた(1994年9月)

ベトナム人同士の付き合いだと少し違うのかも知れない。失業中の親戚がしょっちゅう家に出入りするということもあるだろうし、職場の仲間がアポなしで「近くまで来たものだから」と突然訪問することもあるだろう。昼間ならお茶とお菓子でもてなせば事足りる。しかし、晩飯前の時間帯であれば、「夕食を召し上がって行ってくださいな」ということになり、自ずと晩のおかずを2~3品増やすことになる。

電話の普及に伴い、こうしたアポなしの家庭訪問は減ってきたに違いない。ただ、バイクで走り回る彼らにとって、昔もおそらく今も変わらないのが、「雨が降れば免責」ということだろう。約束していても雨が降れば来ないか、遅れるのが普通であり、「ちょっと遅れます」とか「今日は行けません」という連絡も必要がなかった。まあ、携帯電話があるので最近では「それぐらい連絡しろよな」ということになっているかもしれないが。昔、雨合羽を着てびしょ濡れになりながらも約束した家に訪問した時、「さすが日本人は時間を守る」とひどく感心されたものだ。

新年を迎えると、世話になっている人や親族の家を新年の挨拶のために訪問する。最初に行く家が自分にとって最も大事な人の家で、学校の先生や会社の上司の家だったりする。また、迎える家にしても誰が最初に来るのかが重要で、一般的に外国人の訪問は喜ばれる。新年早々、金持ちが来てくれた事で、幸先のいいスタートを切れるということらしい。一方で、妊婦や喪中の家族の訪問は縁起が悪いとされる。

ハノイの町(2017年9月)

いわゆるおせち料理をごちそうになり、アルコール度数の高い酒を飲まされるのが常だ。一日に数軒の家をバイクで訪問して回るので飲酒運転で事故に遭いかねない。現に、テト中の交通事故は多い。一度、路上で衝突事故を起こし気を失った青年が、それでも酒で火照った赤ら顔をしていたのを見たことがあるが、彼も新年の定例行事の犠牲者の一人であると感じたものだ。まあ、それでも日本のように既製の年賀はがき一枚で義理を果たした気分になってしまうよりも、飲酒運転が飛び交う道路を掻い潜るように必死に知人、友人宅を訪ねて回るベトナムの方が、本来の人付き合いのあるべき姿なのかもしれない。


 

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