マイナンバーが情報漏えいに繋がる?マイナンバーカードに対する誤解を解く【日下光さん・前編】
新型コロナウイルス対策で、三密を避ける「ソーシャルディスタンス」が謳われ、民間や行政システムのオンライン化が喫緊の課題として各所で持ち上がるようになった。
行政のオンライン化にあたり、再度注目を集めているのが「マイナンバー」。先日も、マイナンバーカードを利用すれば、特別給付金の申請をオンラインで簡単に行える施策が実施されたばかりだ。今年9月には、マイナンバーカードとオンライン決済サービスを紐付ければ、最大25%がポイントとして還元される「マイナポイント」が始まる。
さらに、最近、マイナンバーカードと運転免許証などの国家資格証との統合を政府が検討しているとの報道もあった。
国を挙げてマイナンバーカードの活用が推進されていく一方で、未だにぼんやりした不安を拭いきれていない方も多いのではないだろうか。
「でも、マイナンバーって、わたしたちの大事な個人情報なんでしょ?マイナンバーカードの施策が進められていって、情報漏えいにつながらないの?」
「免許証代わりに持ち歩くって…?マイナンバーカードって落としたら危ないんじゃないの?」
そんなマイナンバーについてのあれこれを、マイナンバーカードを活用したデジタル身分証アプリ「xID(クロスID)」を日本国内で展開する民間企業 blockhive の代表・日下光さんに伺った。
(聞き手・編集: 池澤 あやか)
実際、マイナンバーを他人に知られるのは危ないのか?
池澤: マイナンバーやマイナンバーカードって、「仕組みはよく分かっていないけど、個人情報にダイレクトに繋がる危ないヤツ」みたいなぼんやりしたイメージを持っている人が多いと思うんですよ。
日下さん: そうなんですよね。今後、日本でマイナンバーカードを推進していく上で、こうした日本国民のマイナンバーカードに対する誤解がかなり障害となってくんじゃないかと懸念を抱いています。
多くの人が「マイナンバーカードを落とすと恐ろしいことが起きる」と思っているのは、マイナンバー施策が始まった際に、「マイナンバーカードは実印と同じようなものです」という報道がなされたからという理由もあるんじゃないかなと、個人的には考えています。
実印というと、持ち歩くものじゃなくて、タンスの奥底にしまっておくものっていうイメージが強いじゃないですか。
池澤: 確かに。マイナンバーって他人に知られてはダメというイメージが強いですが、マイナンバーカードを落とすのって危ないんですかね……?
日下さん: マイナンバーカードの仕組みを紐解いていくと、マイナンバーカードはパスワードとセットで情報にアクセスしに行きます。例えば、電子署名を利用するには「署名用パスワード」、マイナポータルへのログインなどには「利用者証明用パスワード」が必要です。そのため、マイナンバーカードを落としてしまったからといって、直ちに第三者がマイナンバーカードに記載されていない個人情報にアクセスできるわけではないです。
でも、日本では、番号法という法律上、マイナンバーは社会保障や税務などでの利用を目的とした利用に限定されており、民間企業や第三者による保管と収集が禁止されている「特定個人情報」にあたります。なので、実際、マイナンバー単体が流出したところで他の個人情報にアクセスされる危険性は低いのですが、原則、第三者には公開しないものとされています。
追記: とはいえ、日本のマイナンバーカードには、運転免許と同様に氏名や住所が明記されているため、扱いには注意が必要だ。
マイナンバー施策は個人情報の漏えいに繋がるのか?
池澤: 最近、マイナンバーカードと運転免許証などの国家資格証との統合を政府が検討しているとの報道がありましたが、SNS では「個人情報漏えいに繋がるんじゃない?」みたいな否定的な声もちらほらみかけました。こういった危険性に関してはいかがですか?
日下さん: マイナンバーカードに他の個人情報が直接紐づくわけではなく、データは今まで通りそれぞれの事業者が管理していて、それらのデータがマイナンバーに紐づくことで、プラットフォームを跨いだ個人データ同士の紐付けが行えるようになります。
個人情報の保護はこれまでと変わらず、各事業者が行うものになりますし、それらに強制的に政府がアクセスするようなことはできません。
例えば、すでに企業であれば、マイナンバーと社員情報を保管していると思いますが、勤怠情報とマイナンバーが紐づいていて、政府に勤怠情報を監視されている訳ではないですよね?
実は日本はデジタル ID 先進国
池澤: 日下さんが代表を務めていらっしゃる blockhive は、日本だけではななく、エストニアにも拠点を構えていますよね。エストニアでは日本のマイナンバーカードにあたる「IDカード」の普及率が99%を超えるとか……。
日本のマイナンバーカードは普及率が国民の16.8%ととても低く、失敗と言われることもありますが、日下さんは今の日本の現状をどう捉えていますか?
日下さん: ぼくは失敗だとは思っていません。
そもそも、日本のマイナンバーカードは、2016年から始まった施策で、わずか4年しか経っていません。エストニアでも、2002年から施策が始まり、導入から最初の4年はそこまで浸透していたわけではありません。
エストニアで ID カードの導入が始まった当初は、国民も何に使えるのか分かっていなくて、車の窓ガラスの雪をかく道具としてIDカードを使っていた人もいるそうです(笑)
そこからも爆発的にユーザーが増えてきたわけではなく、ID カードを使った便利なサービスが増えていくのと比例して普及率も少しずつ伸びていき、今の99%の普及率に至ります。
黄緑色がエストニアの人口で、紫色がエストニアの ID カード発行数。
引用: DIFFUSION OF THE ESTONIAN ID-CARD AND ITS ELECTRONIC USAGE: EXPLAINING THE SUCCESS STORYより。
池澤: 意外とエストニアでもゆっくり国民に受け入れられていったんですね。ここ数年間の日本のマイナンバーカード普及率の低迷を見てきて、日本ってデジタル ID 化がすごく遅れているのかと思っていました。
日下さん: いや、実は、日本って、マイナンバーカードを所有している人が2200万人いるデジタルID先進国なんですよ!すでに数だけでいえばエストニアの17倍です(笑)
さらに、特別給付金の申請でマイナンバーカードが使えるようになったことや、9月には還元率最大25%の「マイナポイント」が始まるため、一気に6000万人近くまで増えて、2人に1人の普及率になるとも言われています。
生活が変わる実感が湧かないと、マイナンバーカード取得は進まない
池澤: わたしは行政のデジタル化に大賛成なので、マイナンバーカードも施策がはじまってすぐに取得したのですが、ユーザーも、連携できるサービスも全然増えていかないし、すごく不満を感じてます。どうにかなりませんかね。
日下さん: 池澤さんのように、行政のデジタル化を推進するために取得する人は稀です。ほとんどの人は生活が便利に変わるから取得するわけです。
普及率をあげるためには、マイナンバーカードでより便利な生活が実現することを国民にアピールする必要がありますが、そもそも、行政サービスってそんなに頻度高く使うものじゃないですよね。なので、行政サービスだけで議論をしていてもあまり意味がないんです。
エストニアでは国民1人当たり平均1日2〜3回デジタル ID を使っていますが、これは銀行のログインのようなの民間サービスに日々アクセスしているからです。
マイナンバーカードを普及させていくためには、民間の活用を進めていく必要があります。
ーーマイナンバーの行政活用だけではなく、民間活用を訴える日下さん。しかし、そもそも普及が進むんだところで、わたしたち市井の人間にとってはなにが嬉しいのか。どんな便利な生活が実現されるのか。後編では、そのあたりにフォーカスする予定だ。次回の更新は来週13日(月)を予定している。
■ xIDの公式サイト
本記事は、日経MJでの連載『デジもじゃ通信』での取材インタビューを基に執筆しています。