拝啓、推し様。3
(彼女side)
アイドルを引退したのは2年前。
17歳から25歳までアイドルだった。元々アイドルが好きでこの業界に入ったわけではない。
お金が欲しい。ただそれだけだった。
家が裕福ではない。父は幼い頃亡くなり、母一人で私を養うため、昔かじっていた水商売で働くようになった。最初は私の為と働いていたのが、父以外の男に貢ぐようになった。それからとっかえひっかえの男依存症になっていった。そんな母と一緒に暮らしたくなくて状況。母にも頼れない状況だったため、高校生でもできる仕事がないかなと舞い込んできたのがアイドル活動だった。以前、母から貴方は可愛い顔をしているんだから女性を武器にした職業に就きなさいというようなことを言っていたことを思い出した。
【神様少女】というアイドルグループで活動し始めたのがアイドル活動の始まりだった。始めた頃は、人気度よりお金がそれなりに入ればいいという気持ちでしかなかったので端っこでもさほど気にならなかった。
しかし、マネージャーから人気度合いによっても給料形態を変えていくというルールを作ってしまったので今まで気にならなかった人気度合いを気にするようになった。
かと言って、今すぐ人気を集めるなんてそう容易いものではない。今できるものをと思い、今までどうでも良いと思っていたチェキ会や握手会の時にファンにお金を落としてもらうよう、過剰なファンサービスをするようになった。おかげで人気の順位はさほど変わらなくても、特典会で私の沼に落ちた人が続出したのでこれで収入は安泰だった。アイドル活動は楽しい。ファンを虜にするのも楽しい。でもファンを人として見ていなかった。ただの金づるのモブだという認識でいたのに、私はアイドルに許すまじファンに恋をした。ファンがアイドルにガチ恋は良くある話だ。でもアイドルがファンに恋をする確率は?
ほぼゼロに等しいだろう。ファンは私たちアイドルのことを知っていても、私たちアイドル側がファンを知るということはほぼ皆無なのだから。それでも私はファンに恋をした。特別かっこいいとかお金持っていそうとかそういったものはない。普通の人であるアオくんに。
彼は私推しのファンの中では熱心な人という印象。変に自分のことを押し付けたりしない普通に優しい人。
でもある時、気付いてしまった。彼が私をストーカーしているってことに。最初は『気持ち悪い』と少し蛙化現象に陥ったが、ストーカーしてても被害がなく、しばらく経ってもエスカレートすることのない優しいストーカーであることが分かった私は、どうしてか彼のことをもっと好きになっていた。
もっと私のことをストーキングして。もっと私のことを見て。好きになって。
そんな気持ちばかり増していったある日。彼は劇場を出禁になっていた。どうして彼が出禁になる必要があったのか。ストーカーされているなんてメンバーにも運営にも相談することなかったのに。私はハッと思い出した。運営の中に私のガチ恋がいるってことに。運営だから下手に何かするってことはしないだろうと野放しにしていたが、運営だからこそ、私がストーカー被害に遭っているということをでっち上げることが可能だった。
あぁ、私のせいで。
私も愛している彼との繋がりを切り離した運営が憎かった。
いつか辞めてやる。と思ったが、他メンバーの不祥事のおかげで彼が出禁になってから1ヶ月足らずで【神様少女】は解散した。
これでアイドル人生が終わりを告げるものだと思ったところ、新しいアイドルグループ入らないかと社長から声がかかったのだ。どうしようか悩んでいたが、社長の一言で私は喰いつく。私がセンターであるという追い打ちをかけたことにより、金の亡者の自分が露になった。つまりは、新しいアイドルグループに入ることになった。
新しいアイドルグループ【ストロベリーコットン】
初めてのセンター。センターはファンの目に入りやすい位置にいることから必然的に人気も上昇した。特典会も前のグループとは比にならないほどの膨大なファンの数。前回のグループから私のことを推していたファンはもちろん、新規のファンも数多くいたが、私のことを愛している彼は見当たらなかった。それもそうだ。私のSNSに彼がフォローしていることがないのだから。
今までファン=金という位置づけだったのに、彼のことを知ってしまったから。どのファンを見てもかっこいいけど違うとかお金持っていそうだけどこの人とは恋ができないなどとしっかり人を見るようになり、彼との比較もするようになっていった。
そしてアイドル活動を始めてから8年。アイドル業界では当たり前なメンバー脱退や新メンバー追加など目まぐるしい日々が続いていたが、ありがたいことに私はすっかり人気を勝ち取り、まだまだセンターの位置で輝いていた。だけど、それは表での世界の話。私はもう25歳。新メンバーはあの頃の私より年下の14歳や16歳ばかり。裏では私のことを”おばさん”呼びにしていることは分かっている。肌質だって見た目だってまだまだ君達には勝てると思っていたが、年齢には、数字にはどうしたって勝てないのだ。
それが私の引退の引き金なのかは自分でも分からないが、2年前にアイドル業界を引退した。
引退して間もない頃。することがない私は、ふと彼のことを思い出した。
彼はまだ私以外のアイドルを。私以外の愛せるアイドルの背中を追っかけているのだろうか。
そう考え始めたらどうしても腹が立ってしまい、私は彼が好きそうなアイドルの劇場に頻繁に顔を出すようにした。しかし、どの会場に行っても彼らしい人は見当たらない。
そりゃあそうか。彼もアイドル業界から足を洗ったのかもしれない。そして普通にアイドルじゃない子と恋愛をして結婚して。もしかしたら子供がいるかもしれない。
そんな考えに至った私は虚しくなったが、彼のあの言葉【これからもずっと永劫にキラちゃんしか愛せない!】という言葉を信じ、彼のことを探し続けた。
ライブ会場。ネットカフェ。パパ活サイト。マッチングアプリ。ありとあらゆる手段を使い、彼のことを何度も何度も探した。
2年経っても未だに有力情報が得られないなんて。これは諦めるしかない。そう神が告げているんだと思い、複数のサイトで登録している自分の情報を削除していった。
最後のマッチングアプリのプロフィール情報を削除しようとした時。1件の”いいね”通知が。
最後の悪あがき。そうであってほしいという気持ちが叶ったようで表示された名前は”碧翔”。彼の本名を知っていたわけではないが、彼のプロフィール写真が私の探していた彼、アオくんで間違いなかったのだ。
私って知ってて”いいね”したのか、それともアイドルの私じゃなくても”いいね”したのか。今はそんなのどうだっていい。
ようやく見つけたよ。私だけの王子さま。
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