不遜の泥 2夜
信号が青に変わる。
対岸から押し寄せてくる人波。
雑踏とすれ違う。
ノイズが私の身体を土足で通り過ぎていく。
交差点の音を、鼓膜で呼吸していると、
よくもまぁ‥‥溜息の積もり固まった上に出来た様な街を、愛想笑いで闊歩できるもんだなと、「媚び」を愛想笑いに変換させながらスーツ姿の中年小太りジジイが電話越しでリアクション芸人宜しく、
周りに聞いてほしいかのような声でヘコヘコしているのを視界の片隅に捉えた。
「あぁ…厄日だ…。」
私は、愛用のノイズキャンセリング機能の付いたヘッドホンを、自宅に忘れてしまった大罪をそんな一言で、運勢だの、占いだのと不確定なプラシーボに罪を擦り付けて足早にバイト先へ向かう。
だが別に急いでる訳ではない。
幾分か時間にも余裕がある。
ただ、無断で通り抜けるその不快感から一刻も早く抜け出したい。
ただその一心だった。
その時、真横に人影を感じると同時に、
街の雑踏の中で聴こえた声が、私の耳元を揺さぶる。
「貴女は、この辺の壊れたマネキンよりも綺麗ですね。」
「....は?‥へ?」
突然すっとんきょうな呼び止められ方をした私は、一瞬固まり、腑抜けた返事をしたことに耳を赤くしながら歩く速度を上げた。
速めた歩調に合わせて金魚のフンの様に男が着いてくる。
「あぁ…いきなり声をかけてしまい申し訳ない。歩きながらでいいから。私は、こういうものなんだが…。」
いかにもシンプルにまとめました!と言わんばかりの細いフォントで飾られた名刺を、俯きながら歩く私の視界に入れてくる。
「貴女は、今日見た女性の中で一番の原石だと思うんだけど…....どうかな?話だけでも聴かない?読者モデルを探してるんだけど。」
「いや……いいです。」
何が原石だ。何が今日見た中で一番だ。
どうせ誰にでも そんな事言ってるんだろ。
そう心に悪態を吐きながら歩く速度を早める。
「名刺の後ろに連絡先書いてるからー。」
そう言うと、おもむろにバッグの隙間から
そのいけすかない名刺を差し込んだ。
「ちょっ……ちょっと!!」
「興味があったらでいいから!世界を貴女の色で染めたくなったら連絡して!」
拒もうとしたが、既に名刺はバッグの中。
睨んで一つ文句でも言ってやろうと男の方に振り返ると、ヒラヒラ手のひらを左右に降って男は何処かへ歩いていった。
最後の最後まで意味不明で昔の日本映画にでてくる『キザ』を演じているかの様な男だ………
突然の大根役者の登場に、
ムシャクシャする感情を殺しつつ、ゆっくり元の方向へと歩き出した。
その時も、相変わらず街はノイズで溢れ、
辺りは、看板やネオンの光が薄く歩道を被せ初めていた。