バンドをやりたくて上京。そして性懲りも無く今も続けてる。1990年代編⑱(番外編・続かない仕事〜20代後半にして初老)
MOO-COWも解散して、その上仕事も変えたくなった俺はまたしても転職することに。
前から何度も書いている「手に職+バンド活動」に近づけるように何社か面接を受けたが当時、車の運転免許も無く面接には落ちまくった。
「君、転職が多すぎるね」と面接先の社長から軽く説教されたことも。
考えてみたら「正社員希望」だったのに全て適当な私服(+ヒゲづらの時も)で行っていたし、まずはその辺から不採用決定だったんだと思う。
ついでに思い出したけど同時期に元職場の同僚の結婚祝いに全くの平服(スタジャンに軍パンとか)で行って周囲に顰蹙をかったりしたこともあった。
今ではだいぶ治った(と思いたい)がいわゆる社会人的な常識が欠落していた。
そんな俺にも救いの手が。
その頃、対バンで知り合ったHさんに「コーキング施工職人」の仕事を紹介してもらうことに。
その人も当時はHCバンドをやっていて、親方はソウルミュージックが好きだったりでこれはまた新たな道が開けるかもしれないと思ったものの、、、
俺には仕事がキツすぎて情け無いことにそこは数ヶ月しかもたずに辞めてしまった。
ちなみにその後、某ベテランHCバンドのJTさんが俺と入れ替えでその職場に入ったんだけど、JTさんはそこを長年勤め上げた上、今でも同じ系統の仕事を続けながらバンドをいくつも掛け持ちしつつ勢力的に活動している。(俺からしたら「超人」としか思えない)
Hさんも独立して自分で会社を立ち上げたと聞く。
また、その頃他の友達も独立して塗装業をやっていたりして「みんなきちんと仕事をこなしつつ音楽も立派にやっているのに俺にはどうして同じことができないんだろう、、、」と悲しい気持ちになってしまった。(実際悔しくてちょっと泣いた。しかも同居していた弟の前で、、)
「同じ青年男子なのにどうしてこうも体力、能力が違うのか?」と思い悩んだ。
ところで親方は音楽好きかつ、年季の入ったサーファーでもあった。
若い頃はディスコに通い詰めていたらしく、昔遊び人だった風の雰囲気があった。
ある日、自宅に招待された時のこと。
「これ、SURFって書いてあったから買ったんだけどなんだかよくわからなかったよ〜」と俺に「SURF PUNKS」のCDを貸してくれたこともあったっけ。
紹介してくれたHさんにも親方にも迷惑をかけてしまった。
あの頃は人に仕事を紹介してもらっても辞めてばっかりだ、、。
自分なりに頑張ったつもりではあったが、最後の方は朝仕事に向かう途中に意識がもうろうとしてきてしまい、駅で間違って女性用トイレに入ってしまいそうになったことも(一歩間違えたら変質者扱い)
親方に辞めさせてほしいことを半泣きで電話した。
無職かつバンドも解散。
毎月の生活費は常にマイナス(銀行のカードローンで借りていた)、周りの友達の中には結婚したりして堅実に暮らし始めた者もいたが当然俺には恋人も居ない、毎日一人で深酒、、、。
その頃の楽しみといえば古本屋で買ってきた劇画(子連れ狼とか御用牙とか)や昔の音楽雑誌を酔っ払った状態で何度も読み返すことぐらいだった。
上京したもののなんだかよくわからない青年の出来上がりだ。
この頃、一人でとんかつ屋に入った時に店員のおばちゃんに「あっ!ごめんなさい、お爺さんかと思った」と言われたことがあった。
元々年齢不詳的に思われがちだが、それほど覇気も生気も無かったんだろう。
上京して約10年にしてはじめて
「もう田舎に帰ろうかな、、、」と思った。
※この頃の写真が一枚もなかった。
特に写真を撮るような出来事もなかったんだと思う。