人事労務担当者のための労働法解説(3)
【労働条件の設定方法】
労働条件の設定方法には労働契約、就業規則、労働協約等があります。
抜け漏れがあったり、相互に矛盾があったりすると思わぬトラブルになることがあります。
それぞれの方法の特徴を押さえておきたいところです。
1 はじめに
法律上、労働条件という用語がしばしば登場しますが、「労働条件」についての定義規定はありません。一般的には「労働契約関係における労働者の待遇の一切」と定義されます。
前回、労働契約の権利・義務について書きましたが、労働条件には、労働者の「権利」のみならず、「義務」の内容も含みます。
具体的には、賃金、労働時間、休暇、安全衛生、災害補償、福利厚生、教育訓練、人事異動、服務規律、懲戒、解雇等があげられます。
この労働条件を決定する方法については、労働契約の他、就業規則、労働協約があります。
以下、それぞれの方法の基本的な内容について書きたいと思います。
2 労働契約について
(1)労働契約とは
労働条件の決定方法として、労働契約があります。契約ですので、個々の労働者と個別に合意することになります。
実務上は、一人一人の労働者とあえて個別の労働契約を締結せず、就業規則に労働条件を定めそれを明示する方法によって、全体的・画一的に労働条件を決定する方法がとられることが多いように思います。
その方が管理が楽だからです。
(2)労働契約書は必要なの?
労働契約は、口頭のみで有効に成立し、契約書(書面)の作成は効力要件ではありません(これを「諾成契約」といいます)。契約書はあくまで労働条件を証明する「証拠」の位置づけです。
口頭のみの契約であっても有効に成立しますので、労務提供をすれば、賃金請求をすることが可能です。
もっとも、いくら効力に影響しないとはいえ、書面がないとトラブルの原因となるので、労働契約書を作成するか、次に述べる労働条件を明示する書面を交付することが一般的でしょう。
(3)労働条件明示義務とは?
労働条件明示義務は、労働基準法15条で定められています。
労働基準法15条1項は、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他労働条件を明示しなければならない。」と定めています。
具体的な明示方法については、契約期間、就業場所、賃金、退職・解雇に関する事項、退職手当に関する事項等について、書面を交付する方法によるとされています(労働基準法施行規則5条)。
ここで求められていることは労働条件を明示した「書面の交付」です。契約書の作成ではありません。
通常は、労働条件通知書か就業規則の該当部分の明示によって実施します。通達(平成11年1月29日基発45号)上は、適用部分を明示して就業規則を交付することで足りるとされているようですが、就業規則だと基本給の額などが不明確(幅のある記載など)である場合がありますので、労働条件通知書を交付することが無難でしょう。
3 就業規則について
(1)なぜ就業規則が必要なの?
就業規則がないとどうなるでしょうか?就業規則がないと全ての労働者と合意する(契約書を交わす)必要があります。この一人一人と合意する手間を回避するための手段が就業規則です。
就業規則を有効に作成すれば、一人一人の労働者と合意しなくても、使用者が一方的に労働者を拘束することが可能となるのです。
このような、集団的な契約関係を画一的に処理することができる点が、就業規則の最大のメリットであり、このような簡易性により、労働条件の決定方法としては、個別の契約よりも就業規則の方が多く用いられているといえるでしょう。
(2)就業規則の作成
常時10人以上の労働者を使用する場合には、就業規則を作成し労働基 準監督署に届け出る必要があります(労働基準法89条)。
就業規則の記載事項は、労働基準法89条1号から10号に定めがあります。
そのうち、必ず定めなければならない事項(絶対的記載事項)は、労働時間に関する事項(1号)、賃金に関する事項(2号)、退職に関する事項(3号)となります。
その他の事項は、定めるかどうかは自由であるが、定める場合は必ず規定すべき事項となります(相対的記載事項)。
(3)意見聴取義務
就業規則の作成・変更については、使用者は事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、過半数組合がないときは労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないとされています(労働基準法90条)。
ここにいう「聴取」とは、読んで字のごとく聴き取ることであり、同意を得ることまで求められるものではありません。
その意味で、就業規則は、使用者が「一方的に」作成・変更できることになります。
(4)就業規則の有効要件-内容の合理性
労働者の同意がなく、使用者が一方的に決めたに過ぎない就業規則が、なぜ労働者を拘束するのかという点については、法律上の根拠規定がなかったため、これまで学説上の対立があり、多くの裁判例の蓄積がありましたが、平成19年に労働契約法が定められたことにより、立法的に解決しました。
労働契約法7条は、「使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」と規定しています。
この条文は、就業規則が有効であるための要件を示したものです。
その要件とは、①内容が合理的であることおよび②労働者に周知していることです。
この2つの要件を満たした場合に、就業規則が有効となり、労働条件として労働者を拘束する(労働契約の内容を補充する)ことになります。
なお、①の要件は、理論的には、日立製作所事件判決(最高裁平成3年11月28日判決)を採用したものとされており、②の要件は、フジ興産事件判決(最高裁平成15年10月10日判決)を採用したものとされています。
4 労働協約について
労働協約は、労働組合と使用者との団体交渉の成果として締結される合意(協定)をいいます。
労働組合法に規定されている概念で、労働組合と協定するものなので、労働協約が存在しない企業も多くあります。比較的大きな企業で、従業員の大半が労働組合に加入しており、経営側と労働組合がある程度友好的な関係にある企業においては、労働協約を利用している場合もあるでしょう。
労働協約は、憲法28条で保障された団体交渉権に基づく協定であるため、法令に次ぐ強い効力を付与されています。
労働協約については、労働組合法の内容に関わりますので、別の機会に詳しく書きたいと思います。
5 労働契約・就業規則・労働協約の内容が異なる場合はどうなるのか?
(1)就業規則と法令・労働協約との関係
就業規則は、使用者が一方的に作成できるものではありますが、どのような内容でも有効というわけではありません。
労働基準法92条1項は、法令違反または労働協約に反してはならない旨定めています。
法令違反については、当然ながら、労働基準法や最低賃金法等の法令に違反する場合には、就業規則は無効となります。
また、労働協約については、就業規則の定めが、労働協約の定めより不利益となる(下回る)場合の他、労働協約よりも有利となる(上回る)場合でも無効となると解されています。
(2)就業規則と労働契約の関係
労働契約法12条は、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による」と定めています。
前段部分を「強行的効力」、後半部分を「直律的効力」といい、この二つの効力を就業規則の「最低基準効」ということもあります。
強行的効力は、就業規則よりも不利益な(下回る)労働条件を定めた労働契約を無効にしてしまう効力です。
直立的効力は、無効となった労働契約の部分が、就業規則に定める内容に入れ替わるという効力です。
このように最低基準を拘束するという意味で、就業規則は、労働契約よりも強い効力を有します。
ただ、労働協約と異なり、労働契約が就業規則を有利となる(上回る)ことは許されています。
6 今回のまとめ
以上のとおり、労働条件の設定方法については、労働契約、就業規則、労働協約がありますが、一般的には就業規則が大きな役割を果たしていることになりますので、就業規則において抜け漏れのないようにする必要があります。
また、労働契約と就業規則の内容に齟齬が生じる場合には、労働契約法12条に基づいて労働条件を確定していくことになります。
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