人事労務担当者のための労働法解説(8)
【採用内定取消しの注意点】
前回は、採用内定の法的性質について書きました。
採用内定は、始期付解約留保付きの「労働契約」が成立したと評価されるため、解雇権濫用法理の規制が及ぶことになります。
今回は、採用内定取消しの適法性が問題となった裁判例をみていきたいと思います。
1 リーディングケースとなった大日本印刷事件
大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日判決・労働判例323号19頁)は、新卒で採用内定をもらったが、入社前に内定取消しをされたという事案です。
会社側が主張する内定取消事由は、主に、
「上告人はグルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかもしれないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかった」
というものでした。
最高裁は、採用内定取消しが認められるための要件として、
「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」
と判断しました。
その上で、「グルーミーな印象であることは当初からわかつていたことであるから、上告人としてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す材料が出なかつたので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべき」であるとして、結論として採用内定取消しは違法と判断しました。
2 大日本印刷事件のポイント
大日本印刷事件において、最高裁は、
①採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であること
②これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができること
という2つの要件を示したものです。
①の要件によれば、採用内定時に知ることができた事由(または知ることがきたいできた事由)によって内定取消しをすることは許されないということになります。
②の要件は、解雇権濫用法理の要件(客観的合意性&社会通念上の相当性)と重なるものであり、解雇権法理を採用内定取消しの場面にも類推適用したものと評価されています。
採用内定取消しにも解雇権濫用法理が類推適用されるということは、採用内定取消しも解雇と同様に厳しい要件が課されることを意味します。
3 電電公社近畿電通局事件
電電公社近畿電通局事件(最高裁昭和55年5月30日判決・労働判例342号16頁)は、以下のような理由により採用内定を取り消されたという事案です。
①豊能地区反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にあった
②昭和44年10月31日午後9時ころに大阪鉄道管理局前において開催された国鉄労働組合及び動力車労働組合の機関助士廃止反対に関する集会に反戦青年委員会の一員として参加した
③その際、場所を移動すべく、約50名の集団を指揮して車道に入り、シユプレヒコールをしながら車道上をデモし、その先頭に立つて笛を吹き、約50メートル移動した際に、待機中の警察機動隊によつて無届デモとして規制を受け、大阪市公安条例違反及び道路交通法違反の現行犯として逮捕された
④結果的には起訴猶予処分となった
最高裁は、前述の大日本事件判決と同様の要件を示したうえで、本件については、結論として、採用内定取消しは適法と判断しました。
時代を感じる事例ではありますが、最高裁は、現行犯逮捕されたことのみならず、積極的に違法行為を実行した点を重視したものと考えられます。
4 インフォミックス事件
インフォミックス事件(東京地裁平成9年10月31日決定・労働判例726号160頁)は、会社が採用内定を出したものの、その後、業績が悪化したことにより採用内定を取り消したという事案です。
インフォミックス事件において、裁判所は、
「採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。」
と判示しています。
その上で、①~④の要件について以下のとおり判断し、結論として採用内定取消しを違法としました。
①人員削減の必要性
約三一億九四〇〇万円の債務超過に陥っていたこと等を認定し人員削減の必要性を認めた
②整理解雇することの必要性
従業員に対して希望退職を募ったり依願退職を進める一方、債権者を含む採用内定者に対しても入社の辞退勧告を行って相応の補償の申し出をしたり、債権者には職種変更の打診もするなどして、本件採用内定の取消回避に向けて相当の努力を行っていた
③被解雇者選定の合理性
採用内定者は、未だ就労していなかったのであるから、会社側が既に就労している従業員を整理解雇するのではなく、採用内定者を選定して本件内定取消に及んだとしても、格別不合理なことではない
④手続の妥当性
会社側が自らスカウトしておきながら経営悪化を理由に採用内定を取り消すことは信義則に反するというほかなく、本件採用内定を取り消す場合には、採用内定者の納得が得られるよう十分な説明を行う信義則上の義務があるというべきである
会社側は、採用内定者からの本件内定取消の文書の交付要求に対して、顧問弁護士に連絡してほしい旨を述べ、その後、顧問弁護士は、内容証明郵便を出してもらえば、それに対応して回答する旨述べながら、必ずしも採用内定者の納得を得られるような十分な説明をしたとはいえず、会社側の対応は、誠実性に欠けていたといわざるを得ない
業績悪化により解雇を行うことを「整理解雇」といい、整理解雇を有効に行うための要件として、「整理解雇の4要件」というものがありますが、インフォミックス事件は、内容内定取消しの場面でもこの「整理解雇の4要件」を用いて判断しているところに特徴があります。
さらに、具体的判断の場面において、既存の従業員よりも先に採用内定の取り消しを行ったことは必ずしも不合理とはいえないと判断している点にも特徴があります。
5 今回のまとめ
・採用内定取消しには、解雇権濫用法理が類推適用される
・採用内定時に知ることができた事由(または知ることがきたいできた事 由)によって内定取消しをすることは許されない
・業績悪化のため採用内定する場合には整理解雇の4要件を満たすことが必要
・整理解雇の場面で、既存の従業員よりも先に採用内定の取り消しを行ったことは必ずしも不合理とはいえない