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人事労務担当者のための労働法解説(2)

【労働契約によって生じる権利義務とは?】
今回は、労働契約によって生じる権利義務について書きたいと思います。
労働契約の性質上、使用者も労働者も様々な権利を有し義務を負います。
企業を運営していくに当たってはこのような様々な権利義務が機能する必要があります。
総花的な話で退屈ではありますが、各論を理解するうえで重要な視点ですので、是非押さえて頂ければと思います。

1 労働契約とは~おさらい


労働契約とは、労働者が使用者の指揮命令の下で労働を提供し(労務提供する義務)、使用者がその対価として賃金を支払う(賃金支払を支払う義務)ことを内容とする契約です。労働契約法6条に定めがあります。
労働契約の締結の基本的な効果として、
労働者には、①労働者が使用者に対して労務を提供する義務が生じ、
使用者には、②使用者が労働の対価として賃金を支払う義務が生じます。
契約が成立したことの「効果」として、権利・義務が発生するということは、法律を勉強(理解)するうえでは、とても重要です。

2 労働契約上の権利義務


 労働契約の効果としての基本的権利(裏返すと義務)は、使用者が労務提供を受ける権利(裏返すと、労働者が労務提供をする義務)と労働者が賃金を請求する権利(裏返すと、使用者が賃金を支払う義務)です。
 労働契約は、組織的・集団的性格や人格的性格を有することから、単に「労務提供と賃金支払い」の関係にとどまるものではありません。
 労働契約を締結することによって発生する権利義務は、①労務提供と賃金の支払いに関するものの他、②組織的労働に関するもの、③誠実配慮に関するものに分類することができます。
 以下では、、労働者の義務、使用者の権利、賃金請求権(賃金支払い義務)に整理して書いていきます。

3 労働者の義務について


(1)労務提供をする義務(労働義務)
 労働義務は、労働契約の範囲内で、使用者の指揮命令に従って労働する義務で、もっとも基本的な義務です。
 労働義務の内容は、労働契約や就業規則等によって決定されますが、労働基準法や労働安全衛生法等によって規制されます(最低基準を設定される)。
 具体的な労働の場面で、労働の内容を決定するために、使用者による労務指揮権・人事権が行使されることになります。
 全ての労働義務の内容を事細かに特定することは困難であるため、具体的に 労働を遂行するにあたって、労働の内容が特定される必要があるため、労務指揮権・人事権の行使が認められることになるのです。

(2)誠実労働義務
 労働義務は、単に、機械的労働をいうものではなく、使用者の指揮命令に従い、使用者の利益に配慮しつつ誠実に労働することが必要となります。このことを「誠実労働義務」といいます。     
 労働契約法3条4項に信義誠実の原則が定められており、この規定が誠実労働義務の根拠となります。
 誠実労働義務に違反すると損害賠償の対象となったり、人事評価の対象となることがあります。


4 使用者の権利について


(1)労務指揮権
 労務指揮権は、労働契約が予定する範囲内で、労働義務を決定・変更・規律することを内容とする権利です。
 労働義務の部分で述べたように、労働義務の内容を全て事細かに特定することは困難なので、具体的な労働の場面では、使用者が労働者を指揮(指示)することが不可欠であることから、労務指揮権が肯定されます。
 労務指揮権を行使している状態を「使用者の指揮命令下にある」といったりしますが、使用者の指揮命令下にあるか否かという判断基準は、「労働時間性」の問題や「労働者性」の問題で用いられるので、重要な概念となります。
 また、労務指揮権は、あくまでも労働契約が予定する範囲内行使されるものなので、契約内容を変更(配転命令、降格命令、賃金の引き下げ等)することまでは含みません。
契約内容の変更は、次に述べる「人事権」の範疇となります。

(2)人事権
  労働契約における使用者は、広範な人事権を持ちます。
人事権の内容は広範にわたり、採用、配置、人事異動(配置転換、出向、転籍、昇進・昇格、降格)、人事考課、休職、懲戒、解雇などがこれに含まれます。
 人事権は、使用者が事業をより効率的に運営するために用いる「権利」です。
 これとは別に、労働者の職場環境に対する「義務」としては、安全配慮義務がありますが、安全配慮義務については後述します。
 日本の労働基準法・労働契約法では、解雇(使用者による一方的な労働契約の終了)を厳しく規制してきたため、そのこととのトレードオフとして、広範な人事権を使用者に認めていると説明されることがあります(なので、解雇規制が緩やかで、労働者が流動的な法制下においては、人事権は限定される(比較的労働者の自由が許容される)という傾向もあります)。
 もっとも、人事権といっても、無制限に認められるわけではなく、行き過ぎた人事権の行使は権利濫用として違法・無効となる場合があるため注意が必要です。
 どのような場合に、人事権の行使が違法・無効となるか(具体的な判断基準)は、法律の条文だけを読んでも必ずしも明らかではなく、過去の裁判例により事例が蓄積されているので、過去の裁判例をあたって判断することになります。

(3)懲戒権(企業秩序維持義務)
 労働者には、誠実労働義務が課されることや労働契約の集団的・組織的性格から、企業秩序を維持するという必要性が生じます。
 そこで、悪質な誠実労働違反行為(非違行為、職務命令違反等)が生じた場合には、使用者は企業秩序を維持するために、人事権を超えて懲戒権を行使することが認められます。
 懲戒権も、人事権と同様に厳しい解雇規制とのトレードオフとして認められたものといえるでしょう。
 厳しい解雇規制の下では、よほど悪質なケースは別として、いきなり解雇することは難しいですから、人事権や懲戒権を段階的に行使して、それでも改善されない場合に、最後の手段として解雇権を行使することが認められることになるため、解雇より緩やかな対応としての懲戒権が必要となるのです。
 懲戒権も人事権と同様に、無制限に行使できるわけではなく、権利濫用の規制があります。
 詳細は、懲戒の箇所で書くことにしたいと思います。

5 賃金支払い義務(賃金支払い請求権)


  賃金支払い義務は、労働契約の基本中の基本となる義務です。
  賃金支払いについては、労働基準法によって詳細に規定が置かれているため、賃金の箇所で別に書くことにしたいと思います。

6 まとめ


  以上のとおり、労働契約は、単に賃金を支払い、労務を提供するという機械的な(ドライな)関係にとどまらず、誠実義務、安全配慮義務、労務指揮権、人事権、懲戒権といった、派生的な権利義務が生じます。
このような権利義務が有効に機能して初めて組織的・効率的な企業運営が可能となるのです。

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