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短編小説「一重に団子鼻」
母はわからずやだから口紅を貸してくれない。隠れてポーチを漁ってたら、小四で色気付くなとゲンコツを食らった。
母は昔っからわからずやなのだ。ランドセルもピンクがいいと言ったのに、学習机の横には赤いランドセルがぶら下がっている。
何が面白くて髪の毛をおかっぱにしないといけないんだろう。「いじめ」って言葉を母は知らないのかもしれない。クラスの子にちびまる子ちゃんって呼ばれたらどうしてくれよう。
幸いそんな性悪な子はいなくて、学校生活はなんとかなっているけれど、これじゃあ気安く恋もできない。
貯金箱でも割って、自分用の口紅でも買おうか。でも、雪絵ちゃんと愛美ちゃんに稲葉くんのためでしょ?と言われるのも恥ずかしい気もする。
私はこれからクラスメイトの雪絵ちゃんと待ち合わせて、愛美ちゃん家に遊びに行く。
合流して少し遊んでから、稲葉くんのサッカーの試合を見に行くことになっている。
私は、稲葉くんのことがかなり好きだ。クラスのみんなにもそれはバレバレだ。
稲葉くんを好きになったのは二週間前の秋の運動会だ。
私は徒競走で派手に転んでしまった。膝から血がたれて、折り曲げるたびにズキズキ痛んだ。私は最悪だ、ごめんね。と言いながら、次の走者の稲葉くんにバトンを渡した。そしたら稲葉くんは気にすんなよ、ってバトンを握って信じられないスピードで白線をかき消し一位で帰ってきた。その日から私は稲葉くんの虜となった。
「おーい、お母さん出掛けてくるよ」
リビングに入るとテレビの音がうるさかった。男の人が天丼を食べて、うまいと言っている。確かに美味しそうだ。
母は耳が寂しいからと見てもないのに四六時中テレビをつけたままにする。
「友香、お昼食べて行きなさい。味噌煮込みうどん!」
テレビを無視してキッチンに立つ母の唇が紅葉のように赤い。口紅を塗ったのは私への当てつけか、気まぐれか。
大人はいい。好きに着飾ったりまつ毛を伸ばしたり、ズルができる。
さっきまで味気なかった母の顔も口紅を塗っただけで少しだけ可愛い。お父さんがよくお母さんの顔を「幸薄そうな顔」と表現するけれどどういうことなのか、いまいち分からない。明るくて健康的な顔でないということはなんとなく分かる。
お母さんの顔を見てると、目が霞んでぼやけるような感じがする。一重だけど、鼻だけは針金が入ってるみたいに高くて、綺麗だ。
私はお母さんに似たかった。
お望み通り母と同じ一重にはなれたけど、父の団子鼻を貰ったせいでブサイクだ。鼻が高かったらよかった。鏡を見るたび早く成長してズルをしたい、と思うばかりだ。
菜箸で掴めばいいものを、お玉でお母さんはうどんをすくうから汁ばかりで麺が少ない。もう出掛けないといけないのに、食べなきゃ文句を言われる。だって母はわからずやなのだ。
美人はきっと思い通りになることばかりで、相手の都合とか考える習慣がないのかもしれない。
「食べるよ。食べればいいんでしょ」
ダイニングテーブルの椅子に座って、私は大人しく手を合わせる。器をのぞくと餅が二つも入っていた。太りたくないのに。母は「思春期」という言葉も知らないのかもしれない。
「プリンもあるよ?」
三パックで百円のプリンか、一個三百円のプリンかで食べるか食べないかは決まってくるだろう。私は餅を一つ残してプリンを食べたかった。
「お餅残していいならプリンも食べる」
「それはだめ」
なんとなく答えは分かっていたけど、うどんの多さにむしゃくしゃする。母は勝ち誇った顔でパタンと冷蔵庫を閉じている。眉を綺麗な鼻筋に寄せて、私がうどんを完食するかどうかを監視している。
炭酸は飲むなとか、夕飯前のカップラーメンはよせだとか、母はいろいろとわからずやだ。
うどんの汁が白いワンピースにはねた。
つくづく大人になりたいと思う。