頑張るという選択肢がない人の人生
なろうチート好きな人、努力したくない怠惰な人だったら逆に救いがあって、救われないのは努力の仕方が分からなくて自分の力でなにかを掴む成功体験が皆無の無能な人が努力友情勝利の王道に共感できなくてなろうチートを好んで読んでいるのではないか?という気がして来た。
なろうチートの主人公は他者からもらった力でイキって無双してあらゆる成功体験を掴んでいくのだが、普通の男は「他人から貰った力で調子乗ってるの恥ずかしい」と思う所を努力の仕方が分からない人はそもそも人生において「自分で頑張る」という選択肢がないから「努力して得た自分の力ではなく他人から貰った力で調子乗ってるの恥ずかしい」という感情が湧かないのではないか?
そもそも頑張る為の「やる気スイッチ」が体のどこにもない人、頑張って報われた経験のない人、学校のクラスなどでの努力友情勝利の絆の輪に入れてもらえなかった人など、努力するということにネガティブな印象を持っている人がなろうチートを好んで読んでいるのではないだろうか