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【令和版】魔女の寄り道(9)最終話
前回の話はこちら。
公園での悪霊事件が起こってから一週間が経過した後、
美智子、由衣、明里の3人は近所のファミレスに集合した。
由衣は神主に公園のお祓いをした方がいいと訴えた。
神主は由衣の主張に一定の理解を示しつつも、実現は難しいようだった。
市の許可も無く勝手に公園でお祓いをするわけにはいかないし、
神社だってボランティアで運営しているわけではないのだ。
「あの公園のあたりは、昔から霊が多いことで有名なんですよ。
神主だってそのことは知ってるはずなのに、見て見ぬふりです」
由衣は納得がいかない様子だった。
「まあ、あの悪霊にはキツイ一発をお見舞いしてやったから、
懲りてどっかに行ったと思うしかないでしょ。私たちが
できることは自衛することだけよ」
「私にはお二人のような能力が何もないので、沼森さんの仰る通り自衛する
ことしかできません……」
透明化に悩まされていた明里は、様々な宗教の法具やスピリチュアルアイテムを携帯するようになった。
その甲斐あってか、最近は透明化に悩まされることが無くなった。
明里は能力が無いのではなく、ただ能力が暴走しているだけだろう。
おそらく明里には魔法の素質がある。
訓練次第では透明化を自在に操れるようになるかもしれないし、
他の魔法も使いこなせるようになると、美智子は考えていた。
しかしそのことはまだ明里には伝えていない。
令和の時代、魔法が使えるようになったところで役に立つことなんてほぼ無いのだ。
魔女のように長生きしたければ、運動や食事が大事になる。
空を飛びたければ飛行機に乗った方が圧倒的に効率的だ。
火をおこす方法なんて、それこそいくらでもある。
美智子は魔女仲間を作るつもりはなかった。
美智子は一人が好きだったし、友達も要らないと思っていた。
しかしそれならなぜ、今回こうして3人で集まる気になったのか?
美智子は自分の行動に矛盾を感じていた。
美智子は少し迷った末に、明里に問いかけた。
「白風さん、魔法に興味はあるかしら?」
「魔法、ですか……。
正直、魔法なんて存在すると思ってなかったです。
でも沼森さんにお会いしてからは、ちょっと興味が湧いてきました」
「右手でも左手でもいいわ、手のひらを出してみて」
「はい、こうですか」
3人が明里の手に注目する。
「手のひらにピンポン玉がふわふわ浮かんでいるのをイメージしてみて。
ピンポン玉は熱を持っている。どんどん熱くなっていく。
手のひらもじんわり温まってくる。
やがてピンポン玉が炎に変わる。それを想像してみて」
明里は言われた通りのイメージを想像し、手のひらに意識を集中させた。
明里の手のひらに、ロウソクの炎のような小さな揺らめきが生じた。
しかしそれはすぐに消えた。
「上出来よ。これが魔法よ」
「すごい! 白風さん、魔法が使えたじゃないですか」
この日、新たな魔女が一人、誕生したのだった。
*
美智子は堤防を歩いていた。
ウォーキングの良いところは、何と言っても手軽さだ。
何の道具もいらない、ルールもない、誰かと競うこともない。
1日1万歩などと言われるが、美智子は特に気にしていなかった。
その日の体調と気分に合わせて、好きなだけ歩けばよいのだ。
12月に入り、すっかり寒くなった。
この季節のウォーキングで意外と難しいのが服装で、はじめのうちはすごく寒いのだが、歩いているとだんだん体が温まってくるので上着が邪魔になる。
それでも雨の心配は少ないし、ウォーキングやランニングには良い季節だ。
歩くことは健康に良いが、魔法で健康を手に入れることはできない。
魔法で寿命を直接のばすことはできない。
魔法で空を飛ぶのも短時間なら気持ち良いが、長時間の移動は酔うし疲れるしで良いことがない。
魔法とはつくづく、痒い所に手が届かないものだ。
「さて、そろそろ帰ろうかしら」
美智子は靴ひもが緩んでいないことを確認してから、くるり、と振り返り、自分自身の影を踏むように堤防を歩き続けた。
(了)