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【令和版】魔女の寄り道(1)

「あなた、魔女ですよね?」


あなたは魔女ですかと質問されて、はいそうですと答える人間は存在しないだろう。

「仰る意味がよく分からないのだけれど……」
沼森ぬまもり 美智子みちこは緊張を悟られないよう、平静を装って答えた。

――確かに美智子は魔女である。

今まで魔女ということを隠して生きてきた。
人前で魔法を使ったことはないし、自分が魔女であることを誰かに言いふらしたこともない。
しかし、目の前にいる20代くらいと思わしき女は、面識がないはずの美智子のことを魔女だと見抜いた。

只者ではない予感がした。

「わたくし、神矢かみや 由衣ゆいと申します。魔力を纏った方にお会いするのが
 珍しくて、思わず声をかけてしまったんです」

美智子は耳元で髪をかきあげた。
隠しごとをしたり動揺した時に、髪をかきあげるのは幼いころからの癖だ。

「悪いけどわたし、急いでるんで」

「魔力を持つ方に出会うことなんて滅多にないし、あなたに興味が
 あるんです」

神矢と名乗る女は、魔力を持つ者を判別する能力があるようだ。
どの程度の精度かは不明だが、今後も後を付けられるかもしれない。

美智子は観念することにした。
「……いいわ。付き合うわよ」

二人は公園内のベンチに腰を下ろした。
神矢が話しかけてきた目的を知りたかった。

「それで、私が魔女だったらどうするつもり? 脅したいわけ?」

「私は巫女です。邪悪な存在を視る能力があります」

失礼な女だと思った。魔女は邪悪だから分かったと言いたいのか。
「つまり、私が邪悪な存在であるというわけね」

「あっ……ごめんなさい。そういうわけじゃないんです。
 私、悪霊が視えるんです。最初は悪霊に取り憑かれてると思って
 近づいたんですが、よく見ると体の周りを魔力のオーラが包んで
 いるのが分かったんです」

「悪霊に取り憑かれているかどうかは、近づいてみないと
 分からないってこと?」

「はい。大体5メートルくらい近づかないと分かりません」

「悪霊っていうのは、どのくらいの人が取り憑かれているものなの?」

「大体10人に1人は悪霊に取り憑かれてます。
 とは言っても直接危害を加えてくるような悪霊は滅多にいません。
 大半は大した害もなく、放っておけば自然に消滅します」

胡散臭い話だなとは思いつつ、美智子は少しだけ緊張を解いた。
てっきり魔女の探知能力があるのかと警戒したが、そこまで精度は高くないようだ。
もっとも、この女の言うことを完全に信用するわけではないが。

「魔女さんはどうして、公園を歩いていたんですか?」

「魔女って言うのやめなさい。沼森よ。ただ散歩していただけよ」
美智子は持参した水筒の水を飲みながら答えた。

「沼森さんは、空を飛べたりできないんですか?
 散歩なら、空を飛べばいいじゃないですか」

「今の時代、空を飛ぶなんてリスクしかないわ。
 電柱や木にぶつかったり、車に轢かれる危険性だってあるし、
 誰かに見つかれば間違いなくSNSに拡散されるでしょうね」

美智子が散歩をはじめたのは、健康のためだった。
美智子は年齢を35歳ということに「している」。

魔女にとって本当の年齢など、どうでもいいものだ。
見た目を操作すれば老婆にもなれるし、高校生にもなれる。

しかし、魔女だって不老不死ではない。
普通の人間より少し寿命が長いだけで、歳を重ねればいずれ老いて死ぬことに変わりはない。
だから健康でいることは魔女にとっても重要なことなのだ。

新しくスポーツを始めるのは面倒だったので、気軽にできそうなウォーキングを始めた。
それで公園を歩いていたところ、神矢に話しかけられたというわけだ。

「自由に空を飛ぶことができないなんて、もったいないですね。
 今日みたいに天気の良い時に空を飛んだら、きっとすごく気持ち
 いいんだろうなぁ」

「私は空を飛ぶの、あまり好きではないのよね」

「どうしてですか?」

「ずっと魔力を消費していると、車酔いみたいな症状が出てくるの。
 あれが気持ち悪くて。ほうきで飛ぶのも嫌い」

「確かに魔女って箒に乗って飛んでるイメージがありますね」

「別に箒じゃなきゃいけないってわけじゃないんだけど。
 昔はどの家庭にもあったから手頃だったんでしょうね。
 ただ乗り心地は最悪。
 鉄棒の上に座るのをイメージしてごらん?
 数分も座っていればお尻が痛くなるでしょう。
 箒に乗って飛ぶってそういうこと。
 空なんか飛ばずに自転車に乗って走った方がずっと快適なの」

「そうなんですね」

美智子はちょっと自分のことを喋り過ぎたかもしれないなと思った。

「私のことはどうでもいいのよ、あなたの能力の方が気になるわ。
 悪霊を目視できる人間なんて信じられないの。
 魔女だってそんなことできるなんて話は聞いたことがない」

様々な魔法を使える美智子でも、悪霊を視ることはできなった。
本当に悪霊なんているのだろうか。存在自体が疑わしいものだ。

「私は巫女ですから」

ドヤ顔をする神矢に苛立ちを覚えた。そんな巫女がいてたまるか。
その理屈が正しいなら、日本の巫女はみんな悪霊が視えないとおかしい。

「それであなたは悪霊を視て、除霊したりするわけ?」

「いいえ、除霊は私の専門ではありません。ただ悪霊が視えるだけです。
 除霊を希望する方は神社に行ってお祓いをしてもらう必要があります。
 もしご家族やご友人に悪霊が憑いている方がいらっしゃいましたら是非、
 神社までお越しください」

「私は悪霊が視えないから、憑いているかどうかなんて知らないけどね」

11月の午後の公園。秋も深まり、かなり肌寒かった。

「さて、私はそろそろ失礼するわ。さようなら、巫女さん。
 くれぐれも私のことは内密にね。私は静かに暮らしたいの」

「はい、誰にも言ったりしませんよ。
 またお会いできるといいですね、ごきげんよう」

別にまた会いたいとは思わなかったが、そのことは口に出さず、
美智子は公園の出口へと歩き出した。


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