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【令和版】魔女の寄り道(4)

前回の話はこちら。


「ようこそお参りくださいました」

巫女の神矢かみや 由衣ゆいは、神社の神札所でお守りを渡していた。

神社はお正月が最も忙しいが、11月も忙しい。
七五三のお祝いがあるからだ。

巫女とは面倒くさい仕事である。
覚えなければいけない言葉や作法が多い上に、意外と肉体労働だ。

それでも由衣が巫女を続ける理由は『悪霊が視える』体質にあった。
人に悪霊が取り憑いているを視るのは、あまり気分の良いものではない。

神社にいると、不思議と悪霊が視えないことが多かった。
弱い悪霊は境内に侵入できないのかもしれない。
一部の強力な悪霊は境内でも視えることがあるが、お祓いをしたり
お守りを受けとった参拝者の悪霊は弱まっていることが多かった。

参拝者の中に、気になる女性を見かけた。

その女性はマスク、帽子、サングラスという姿だった。
境内でサングラスをかけている人は珍しい。
作法を気にしてサングラスを外す人は多いが、
病気で外せない人もいるので、こちらから注意したりすることはない。

気になったのはその女性がサングラスをかけていることではない。
かすかなオーラを発していたことだ。

悪霊に取り憑かれているのとは違い、彼女自身から発せられている。
以前に出会った沼森という魔女も、同じようなオーラを発していた。
おそらく彼女は、魔力を有している。

白風しろかぜ 明里あかりは、わらにもすがる思いで神社に訪れた。

今から3ヵ月ほど前、明里が目覚めて鏡を見ると、
服だけの姿が映っていた。自分の手や顔が鏡に映っていないのだ。
自分の目がおかしくなったのか?それとも脳の病気だろうか?

とりあえずその日は体調不良ということにして仕事を休んだ。
30分ほどして透明化は自然に直った。

その後しばらく、体が透明化することはなかった。
――あれはきっと夢だったのだろう。
透明人間になる夢をみて、寝ぼけて会社に電話してしまった、
そんな笑い話だったのだと明里は自分に言い聞かせた。

ある日の夜、仕事から帰って鏡を見ると、明里は再び透明化していた。
ただし前回と違うのは、化粧をしていたこと。

顔は鏡に映っていない。
しかしファンデーションと口紅が、顔の位置に浮かび上がっている。
フェイスパックが空中に貼りついているような奇妙な姿だった。

「ヒィッ……!」
明里は激しく動揺し、顔を手で覆った。

帰り道、いつ頃から自分はこの姿でいたのだろう?
電車の中にいた時は、スマホを持つ自分の手は見えていた。

そう思って、両手を目の前にかざした。
両手がはっきりと見えている。透明化していない。

再び鏡を見るといつもの明里の姿が映っていた。
ひどく怯えた表情をしている。次の日は会社を休ませてもらった。

透明人間についてネットで調べてみたが、
『透明人間は目が見えない』
『血液が透明だと酸素を運べないので窒息死する』
など書かれており、やはり透明人間になるなんてありえないと思った。

そして先日、遂に人前で透明になってしまった。
気分転換に銭湯に訪れたら、いつの間にか透明になっていた。
脱衣所で鏡の前に立つと、自分の姿が映っていなかった。

目も見える。呼吸も苦しくない。でも確かに自分は透明になっていた。

脱衣所には何人かの利用客がいたが、脱衣所の中央には大きなロッカーが設置してあり、明里のいる場所は死角になっていた。

今までの経験だと、30分くらいで元に戻れるはずだ。
他の人に見つからないようにこっそり体を拭いたり、ドライヤーで髪をかわかしたりして過ごした。

しかし1時間、2時間経過しても透明化は解除されなかった。

こうなったら裸のまま家に帰るしかない。
泣きそうになりながら座っていると、一人の女性がこちらに近づいてきた。

その女性からは普通の人間ではない『オーラ』のようなものを感じた。
30代にも40代にも見える、いやもっと上かもしれない。
こういう人のことを『美魔女』というのだろうか。

女性は明里のそばで囁いた。

「隠れても無駄よ、透明人間さん。女性なら返事をしなさい。
 返事がなければ男性と判断し、通報します」

透明人間だと気づかれた。
逃げるかどうか一瞬迷ったが、通報されては困る。
裸のまま逃げたとしても、外で透明化が解除されてしまうかもしれない。
正直に白状するしかなかった。

「あっごめんなさい……。時間が経てば自然に戻るので、
 透明化が解けたら出ていきます。本当にごめんなさい」

「了解したわ。こちらこそ疑ってごめんなさい」

助かった……。

しかしよく考えてみると、今の女性は明里が透明人間であることを瞬時に見抜いた。
戸惑いや迷いのようなものが一切感じられなかった。
まるで透明人間をこれまでも見たことがあるような、そんな素振りだった。

透明化のことを聞いてみよう。
何か解決方法を知っているかもしれない。

透明化を防ぐためにオススメされた方法は
『パワーストーンやお守りを身につける』というものだった。
明里はすぐに、ブレスレットや数珠などを購入した。

今まで全く興味のなかったスピリチュアルや風水のこと、
神社やお寺のことなど色々と調べてみた。

今日は神社でお守りを頂きに来た。
何が効果があるのか分からないが、わずかでも可能性があるのなら、できることは全部やるしかない。

極力肌を露出しない格好で参拝に来た。
帽子、マスク、サングラス、手袋。
さらに厚めに化粧をしておけば、いきなり透明化しても大丈夫だろう。
寒い季節で助かった。

「ようこそお参りくださいました」
神札所でお守りを渡している巫女さんに話しかけられた。

厄除御守やくよけおまもり」と書かれたお守りを頂くことにした。


続きはこちら。

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