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【令和版】魔女の寄り道(4)
前回の話はこちら。
「ようこそお参りくださいました」
巫女の神矢 由衣は、神社の神札所でお守りを渡していた。
神社はお正月が最も忙しいが、11月も忙しい。
七五三のお祝いがあるからだ。
巫女とは面倒くさい仕事である。
覚えなければいけない言葉や作法が多い上に、意外と肉体労働だ。
それでも由衣が巫女を続ける理由は『悪霊が視える』体質にあった。
人に悪霊が取り憑いているを視るのは、あまり気分の良いものではない。
神社にいると、不思議と悪霊が視えないことが多かった。
弱い悪霊は境内に侵入できないのかもしれない。
一部の強力な悪霊は境内でも視えることがあるが、お祓いをしたり
お守りを受けとった参拝者の悪霊は弱まっていることが多かった。
*
参拝者の中に、気になる女性を見かけた。
その女性はマスク、帽子、サングラスという姿だった。
境内でサングラスをかけている人は珍しい。
作法を気にしてサングラスを外す人は多いが、
病気で外せない人もいるので、こちらから注意したりすることはない。
気になったのはその女性がサングラスをかけていることではない。
微かなオーラを発していたことだ。
悪霊に取り憑かれているのとは違い、彼女自身から発せられている。
以前に出会った沼森という魔女も、同じようなオーラを発していた。
おそらく彼女は、魔力を有している。
*
白風 明里は、藁にもすがる思いで神社に訪れた。
今から3ヵ月ほど前、明里が目覚めて鏡を見ると、
服だけの姿が映っていた。自分の手や顔が鏡に映っていないのだ。
自分の目がおかしくなったのか?それとも脳の病気だろうか?
とりあえずその日は体調不良ということにして仕事を休んだ。
30分ほどして透明化は自然に直った。
その後しばらく、体が透明化することはなかった。
――あれはきっと夢だったのだろう。
透明人間になる夢をみて、寝ぼけて会社に電話してしまった、
そんな笑い話だったのだと明里は自分に言い聞かせた。
ある日の夜、仕事から帰って鏡を見ると、明里は再び透明化していた。
ただし前回と違うのは、化粧をしていたこと。
顔は鏡に映っていない。
しかしファンデーションと口紅が、顔の位置に浮かび上がっている。
フェイスパックが空中に貼りついているような奇妙な姿だった。
「ヒィッ……!」
明里は激しく動揺し、顔を手で覆った。
帰り道、いつ頃から自分はこの姿でいたのだろう?
電車の中にいた時は、スマホを持つ自分の手は見えていた。
そう思って、両手を目の前にかざした。
両手がはっきりと見えている。透明化していない。
再び鏡を見るといつもの明里の姿が映っていた。
ひどく怯えた表情をしている。次の日は会社を休ませてもらった。
*
透明人間についてネットで調べてみたが、
『透明人間は目が見えない』
『血液が透明だと酸素を運べないので窒息死する』
など書かれており、やはり透明人間になるなんてありえないと思った。
そして先日、遂に人前で透明になってしまった。
気分転換に銭湯に訪れたら、いつの間にか透明になっていた。
脱衣所で鏡の前に立つと、自分の姿が映っていなかった。
目も見える。呼吸も苦しくない。でも確かに自分は透明になっていた。
脱衣所には何人かの利用客がいたが、脱衣所の中央には大きなロッカーが設置してあり、明里のいる場所は死角になっていた。
今までの経験だと、30分くらいで元に戻れるはずだ。
他の人に見つからないようにこっそり体を拭いたり、ドライヤーで髪をかわかしたりして過ごした。
しかし1時間、2時間経過しても透明化は解除されなかった。
こうなったら裸のまま家に帰るしかない。
泣きそうになりながら座っていると、一人の女性がこちらに近づいてきた。
その女性からは普通の人間ではない『オーラ』のようなものを感じた。
30代にも40代にも見える、いやもっと上かもしれない。
こういう人のことを『美魔女』というのだろうか。
女性は明里の側で囁いた。
「隠れても無駄よ、透明人間さん。女性なら返事をしなさい。
返事がなければ男性と判断し、通報します」
透明人間だと気づかれた。
逃げるかどうか一瞬迷ったが、通報されては困る。
裸のまま逃げたとしても、外で透明化が解除されてしまうかもしれない。
正直に白状するしかなかった。
「あっごめんなさい……。時間が経てば自然に戻るので、
透明化が解けたら出ていきます。本当にごめんなさい」
「了解したわ。こちらこそ疑ってごめんなさい」
助かった……。
しかしよく考えてみると、今の女性は明里が透明人間であることを瞬時に見抜いた。
戸惑いや迷いのようなものが一切感じられなかった。
まるで透明人間をこれまでも見たことがあるような、そんな素振りだった。
透明化のことを聞いてみよう。
何か解決方法を知っているかもしれない。
*
透明化を防ぐためにオススメされた方法は
『パワーストーンやお守りを身につける』というものだった。
明里はすぐに、ブレスレットや数珠などを購入した。
今まで全く興味のなかったスピリチュアルや風水のこと、
神社やお寺のことなど色々と調べてみた。
今日は神社でお守りを頂きに来た。
何が効果があるのか分からないが、わずかでも可能性があるのなら、できることは全部やるしかない。
極力肌を露出しない格好で参拝に来た。
帽子、マスク、サングラス、手袋。
さらに厚めに化粧をしておけば、いきなり透明化しても大丈夫だろう。
寒い季節で助かった。
「ようこそお参りくださいました」
神札所でお守りを渡している巫女さんに話しかけられた。
「厄除御守」と書かれたお守りを頂くことにした。
続きはこちら。