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noteを書くのが辛い時

noteを書くのが辛いと感じる時は、活動レベルを下げてみる


noteを眺めていると

  • 毎日更新をやめて、更新頻度を下げようと思う

  • noteを辞めようか迷った

などの書き込みを、割と頻繁に目にします。

文章を書くことは、時に辛く感じることがあります。

noteは仕事ではないので、忙しかったり、飽きてきたりすると
「もうやめてしまおう」と感じることもあると思います。

そこでアカウントを消してしまったり、完全に引退してしまうのは
ちょっともったいない。

noteを書くのが辛く感じるということは、
文章力を向上させたいとか、自分の考えを明確にしたいとか、
何か読者に伝えたいことがあるとか、バズりたいとか、
何か目指すものがあるから辛く感じるんだと思います。

知らず知らずのうちに、ハードルを上げてしまっているのかもしれません。


自分が人に提供できるものって何だろう?

特別な体験をしたわけでもない。
文才があるわけでもない。
有名なわけでもない。

そんな自分が書いたものを誰が読むんだ?という疑問がつきまとう。
それが「書くのが辛い」という気持ちにつながっていきます。

文章のオリジナリティを出す方法は2種類あります。
「どう書くか」と「何を書くか」です。

簡単なのは「何を書くか」で差別化することです。
人は新たな知識を得られると、文章を読んで良かったと思うものです。

新しい知識は、他愛もないことで構いません。
例えば「今やってるこのアニメが面白い」とか
「今日の月めっちゃキレイ」とか。
人と人との会話で交わされるような、ありがちな雑談で大丈夫です。


文章を書くことを楽しむ方法はある?

文章を書くことそのものを楽しむ方法はあります。
それは書くことを目的化することです。

伝えたいことがあるから書くのではなく、文書を書くために書く。
校正とか推敲とか難しいことはせずに、思いついた文章をポンポンと連ねて書きたいままに書き綴る。

そうすれば文章を書くことは楽しくなるでしょう。
ただし注意点が一つ。
自分が楽しんで書いた文章は「人に伝えるための文章」ではありません。

独りよがりな文章が、誰かの心を動かすことはないのです。
「ヤバイ」「エモイ」「キモイ」「www」などの言葉で
自分の感情を表現しても、誰かの心に残ることはありません。

逆に文章を書くことが辛いと感じるということは、
誰かに伝えたいことがある、そのために適切な表現をしたいという
気持ちの表れであると考えることもできます。

だから文章を書くのが辛いと感じることは、間違ったことではないんです。


文章を書くことが辛くてもいい

「文章を書くのが楽しくて仕方がない」という人もいると思います。
ただしそれは一種の暴走状態になっているとも言えます。
誰かに伝えたいことがあるから書くのではなく、自分が楽しむために書いている。
書くことが目的化しています。

それ自体が間違っているというわけではありません。
楽しみながら書くか、苦しみながら書くか、好きな方を選んでいいんです。

伝えたい人と、伝えたい内容を明確にする。
適切に伝えるために、色んな文章表現を考える。
読む人のことを考えて、頑張って文章を練り上げる。

それでも必ずしも相手に伝わるとは限らない。
間違った形で伝わるかもしれない。
もしかしたら読んですらもらえないかもしれない。
批判されることだってあるかもしれない。

しかし、そうやって苦しみながら試行錯誤して書いた文章は、
必ずなにかを生み出すはずです。

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