苺の絵
阿佐ヶ谷に住むことになった。
物件を見たその日に、気になる和菓子屋さんを見つけた。
名前はうさぎやさん。
何が看板商品かもわからぬまま、菓子を一種ずつ買っては味わい、買っては味わいした。
ある日、店内にかけてらっしゃる富士山の絵だったかの額を、女将であろう老婦人が外そうとされていた。お手伝いしたら、代わりに飾るのであろうあらたな額を持ってこられて、これまた飾られるのを手伝った。その額にあるは、苺の絵。となりに手紙がそえられて、うさぎやさん宛の御礼の文。老婦人と昔の仮名遣いを追いながら読み下した。
「善哉結構な味でした。主人が絵をかきましたものでお礼に添えます。」
絵の署名は実篤。武者小路実篤だ。白樺派の小説家だが、野菜や果物の絵もよく描いた。
実篤の絵をまじまじと見ることは初めてだが、苺へのやさしい視線、感謝の視線のようなものを感じた。
その日、うさぎやさんに来られる方の一番の目当ては、どら焼きであることを知った。食べてみると、もっちりさと、ほのかな何か果実のような香りが余韻として残る印象的な味。とまらず3つ平らげた。本来全く違うのだろうが、私のなかでは実篤の苺の香りとして鼻腔に残っている。
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