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北極圏における諸国勢の「潮目」はいつになるのか


「北極圏」にいま注目が集まっている。

北極圏では他の地域よりも急速に温暖化が進んでいる。今年(2020年)6月にはロシア勢極東の北極圏に位置するベルホヤンスク(Verkhoyansk)で史上最高気温38度を記録した。ベルホヤンスクは従来「寒極」とも呼ばれ1892年には氷点下67.7度の最低気温を記録した地域である(参考記事)。こうした地球温暖化による永久凍土の溶解により環境問題に懸念が示される一方で、石油・天然ガスといった資源開発や北極海航路開発にも注目が集まっている。

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1970年9月(左)と2011年9月(右)の北極海の海氷の様子(出典:外務省)

北極地域に対しては「南極条約」(1959年)のような包括的な国際的取り組みが存在しない。こうした中で議論のプラットフォームとなっているのが「北極評議会(Arctic Council)」である。これは北極圏国8か国(カナダ勢、デンマーク勢、フィンランド勢、アイスランド勢、ノルウェー勢、ロシア勢、スウェーデン勢、米国勢)と北極圏に居住する先住民族の6団体(アリュート国際協会(Aleut International Association)、北極圏アサバスカ評議会(Arctic Athabaskan Council)、グイッチン国際評議会(Gwich’in Council International)、イヌイット極域評議会(Inuit Circumpolar Council)、ロシア北方民族協会(Russian Association of Indigenous Peoples of the North)、サーミ評議会(Saami Council))をメンバーとする評議会である。更にオブザーバーとして従来フランス勢、ドイツ勢、ポーランド勢、スペイン勢、オランダ勢、英国勢の6か国が参加していたが、現在ではこれに加え中国勢、インド勢、イタリア勢、韓国勢、シンガポール勢、スイス勢、そして我が国を含めた非北極圏国がオブザーバーとなっている。

「北極協議会」は北極圏における遭難者の捜索・救助等に関する合意を先導するなど一定程度影響力があるものの、例えば原油流出事故の対応といった問題についてはいまだ合意が持てていない。

こうした中で特に北極海でのプレゼンスを高めようとしているのがロシア勢である。

北極海における沿岸5か国全体の大陸棚面積のうちロシア勢の大陸棚は60パーセントを占めており、その多くが石油・天然ガスを胚胎する陸域の北方延長にある。さらに「北極海航路」と呼ばれる2つのルートのうち一つがロシア勢沿岸を通る北東航路であり(もう一つはカナダ勢寄りの北西航路)、資源開発・北極海航路双方に対する影響力は大きい。

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北極海航路(出典:外務省)

ロシア勢は北極圏における安全保障として当該地域における軍事的プレゼンスを強化してきた。軍事演習の実施だけでなく昨年(2019年)には駆逐艦並みの兵器システムを搭載する砕氷船を披露し、北方艦隊への配備を計画している(参考記事)。

他方でこうした北極圏での軍事的プレゼンスの強化は北大西洋条約機構(NATO)諸国にも同様である。例えば英国勢は今年9月には20余年ぶりに英国海軍主導によりデンマーク勢、ノルウェー勢、米国勢との多国籍任務部隊による北極圏での共同演習を行った(参考記事)。また経済的には中国勢が北極海航路を「氷のシルクロード」として「一帯一路」の中に位置づけ港などへの投資を強化している(参考記事)。我が国も地政学的観点から中国勢による北極海航路の独占を防ぎ、さらにエネルギー安全保障という観点からもロシア勢の北極圏開発への参加を戦略としている。

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北極(出典:Wikipedia)

こうした中で去る10月26日(モスクワ時間)、ロシア勢のプーチン大統領が新たな北極圏戦略を承認した(参考記事)。“Strategy for the Development of the Arctic Zone of the Russian Federation and National Security for the Period up to 2035(ロシア連邦の北極圏開発戦略と2035年までの国家安全保障戦略)”と題されるこの戦略はインフラ企業の投資計画や北極圏地域・都市の開発プログラム等を含む国家プロジェクトとして捉えられている。「2020年まで、およびそれ以降の期間における北極についての国家政策の基本(Osnovy gosudarstvennoi politiki Rossiiskoi Federatsii v Arkitike na perod do 2020 goda i dal’neishemuiu perspektivu)」 と「2020 年までのロシア連邦の北極地域発展と国家安全保障の戦略(Strategiia razvitiia Arkticheskoi zony Rossiiskoi Federatsii i obespecheniia natsional’noi bezopasnosti na period do 2020 goda)」と題する、これまでの北極圏戦略の基礎となってきた文書の延長にあると考えられる。ここではロシア勢の北極圏に対する戦略的関心が改めて強調されている。

温暖化が進展し資源開発、北極海航路の実現がより近づく中でロシア勢の北極圏戦略文書はどのような進展を見せるのか。引き続き注視していきたい。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

佐藤 記す