製紙業 ~日本の豊かな森と水が織りなす錬金術
紙は人類の技術進歩に大きく貢献した発明の一つであると言っても過言ではない。紙の消費量は文化のバロメーターとも言われる。ペーパーレス化は間違いなく進んでいる。しかしデジタル化が最も進んでいるはずの米国は今でも世界最大の紙の消費国の一つである。
世界最大の産業の一つである製紙業(pulp and paper industry)。新聞や印刷といった「情報」用、段ボールなどの「包装」用、トイレットペーパー、ティシュ等の「衛生」用、電気絶縁紙等の「工業」用の紙・板紙を生産、供給することでさまざまな産業や家庭生活の下支えをしている産業である。
紙を作る過程で最も重要な原材料は木である。原料の確保は重要だ。戦前の針葉樹から戦後の広葉樹への転換など、我が国の紙パルプ産業は原料資源開発の歴史でもあった。このため海外植林も積極的に行われている。日本の紙パルプ産業が海外で行っている植林は木の生えていない荒れた土地を借りて苗木を植えることから始めている(参考文献)。
製紙業にとっては水も命である。製紙業はきれいな水を大量に必要とする産業である。水の質が紙の品質、特に上質紙の質に与える影響が大きいからだ。
大王製紙株式会社が生まれた伊予三島と川之江地区(現在の四国中央市)は戦前から日本有数の紙の街であった。水と海に恵まれ、水無川の地下を豊かな伏流水が流れていた。しかし、洋紙機械を建設するには十分ではなかった。そこで創業者の井川伊勢吉は国と県(愛媛県と徳島県)に交渉し、法皇山系と四国山脈の間を流れる銅山川に一大ダムを築く。これがその後の同社の飛躍の基礎となったようだ(参考文献)。
水を濾過すればとよいという単純な話ではなく、使用する水の量が膨大な為きれいな水にする費用も莫大になる。そのため業界ではできる限り新水を使わず水を回収して何回も再利用するなど節水のための取り組みも行われている。排水対策にもさまざまな技術が施されている。その成果もあり1980年代前半と比較すると新水の使用量は現在半分近くまで減っている。
豊富な森林資源と豊かな水源。日本が有する天然資源の恵みを受けて巨大産業にまで成長した製紙業。去る8月中旬、新型コロナウイルスの影響を大きく受ける製紙大手6社の2020年4~6月期決算は明暗が分かれた。製紙業は今、大きな岐路に立っている。ここからどのような転換を図り成長を遂げていくのか注視していきたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー 二宮 記す