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−江戸紫− 東京を去った社会人の東京論

東京は、不思議な街だ。


上京前のぼくにとっては、東京は遠い憧れの場所だった。

天気予報の背景で流れている、渋谷のスクランブル交差点。
街の人にインタビューする時の定番、銀座や新橋。

全部テレビの画面の向こうの世界。


大学入学を機に上京した。
東京で6年を過ごした。


いつしか東京は馴染みの土地になっていた。
新宿駅で迷子になることはなくなったし、
スカイツリーは日常の光景になっていた。

テレビに映る2次元の世界だった東京は、
思い出とともに立体感を増した。

住めば都だ、と思ったけれど、
そもそも住まなくても都だった。


大学を卒業して、ぼくは東京を去った。

あの喧騒を離れて、どこかほっとするとともに、
心の隅に物足りない気持ちもある。

東京で流れている濃密な時間は、唯一無二のものだ。

東京にいれば得られたはずだったたくさんの出会いを、ぼくはみすみす逃しているんだろうか。
このまま、ゆったりと淡い時間を生きていくんだろうか。
それが正解なんだろうか。


東京にはなんでもあって、だからこそ何もない。
それが良い。

東京には無数のお店がある。
「買い物するならイオン」という絶対的な選択肢はない。

東京にはたくさんのまちがある。
どのまちも個性的で、「東京」の代名詞となるまちはない。

なんでもあって、何もないから、
どんな人も平等に受け入れてくれる。
自分なりの「東京」に住まうことができる。

ぼくが恋慕する「東京」は、東京でもとうきょうでもTOKYOでもなくて、
ぼくだけのユニークな「東京」なんだろう。

6年かけて築いてきたぼくだけのまちを、ぼくは東京に置いてきた。


テレビの向こうで、東京が輝いています。


【江戸紫】えどむらさき
武蔵野に自生するムラサキソウを使って江戸で染めたことから。
江戸、東京。



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