「誰でも目指していい仕事なんだ」と証明したい。スタントパフォーマー・伊澤彩織さんインタビュー |Diverstyle Book
映画好きが高じてスタントパフォーマーの道に足を踏み入れ、さまざまなアクション映画で活躍する伊澤彩織さん。洗練された殺陣をはじめとして、3階建てほどの高さから飛び降りるワイヤーアクションや、爆破装置を使ったスタントなど、日々激しいアクションをこなしています。「気弱だった」と語る子ども時代を経て今に至るまでにはどのような選択の連続があったのでしょうか。最もよく練習に利用する場所の一つだという、思い出が詰まったスタジオで取材を行いました。
気弱で、体育の成績「3」の自分でも飛び込めた世界
——私たちが映画を観ている中で、スタントパフォーマーという役割に意識的に目を向ける場面はまだそう多くないかもしれません。伊澤さんがスタントパフォーマーの魅力に気づき、それを仕事として選んだ理由をまずはお聞きしたいなと思います。
伊澤:高校生の頃から映画が大好きで、日本大学芸術学部の映画学科に進んだのですが、在学中からとにかくプロの人たちが関わっている映画の現場を見てみたいという気持ちが強かったんです。縁あって初めて連れて行ってもらえたのがアクション映画の現場で、「アクション部」として参加しました。映画を構成する上でスタントパフォーマーがいることは知っていたけれど、アクションを作る部署というものがある面白さに気づいて。大学を卒業して本格的にアクション部の一員として活動するようになった今でも、まだまだ日本では隠れた存在だなと感じています。初めてアクション部の仕事を目の当たりにしたとき、こんなに緻密で華やかなアクションシーンを作れる人たちが集まっているのに、どうしてこの部署の存在があまり知られていないんだろう? と興味を持ったんです。
——撮影部や照明部、録音部のような部署の一つとして、アクション部も映画の中で重要な役割を担っているということですね。学生時代は自ら映画を作っていたということですが、卒業後は監督ではなく、在学中に関わっていたアクション部の道に本格的に進まれました。スタントパフォーマーは専門性が求められる職種かと思うのですが、大学卒業のタイミングでその仕事に就くことができたのはなぜだったのでしょう?
伊澤:私がアクションを始めたのが20歳のときで、日本でアクション映画が増えているのにスタントパフォーマーの人口がすごく少なくて、人手が足りない時期だったんです。体育の成績はずっと3だったし、スポーツ経験もあまりなかったのですが、それでも滑りこめる余地があったんですよね。あと実際にアクション部で学んでみると、スタントパフォーマーの仕事の内容が印象と違ったんです。車に跳ねられたり、火だるまになったりすることが仕事だと思っていたけど、それだけじゃない。というより、今はそんな現場の方が希少で、滅多にありません。例えば台本には「AとBが乱闘する」とだけ書いてあって、その「乱闘」の具体的な内容を考えることを含め、アクションとして成立させるのがアクション部の仕事なんです。アクション部はカメラに映る仕事だけではなく、アクションを魅力的に演出して、安全に実行するチームでもあります。その一環として補助的な仕事もあって、私も最初のうちはマット補助や機材整理などの仕事をひたすらやっていました。
——伊澤さんは以前、インタビューで「子どもの頃は気弱だった」とおっしゃっていました。一方でスタントパフォーマーの仕事は、大胆さや勇気のようなものが必要なのかなと感じて。今の仕事を選んだことで、気弱だった自分がどのように変化したか、その経過を伺えたらなと思います。
伊澤:アクションを始めて変わったことが二つあって。一つは「人見知り」、もう一つは「潔癖症」です。そもそも、私自身が「まさか自分がスタントパフォーマーになれるとは」という驚きを抱えながらスタントパフォーマーをやっています。小学生の頃は本当に内向的で、何か嫌なことがあっても人に言えず、ひたすら新聞紙をちぎってストレスを発散させるような子どもだったんですよ。
——新聞紙……!
伊澤:親も新聞紙をちぎれば落ち着くってわかっていたので、そっと差し出してくれていました(笑)。子供時代は初対面の人とうまく話せなかったのですが、アクションの仕事をする上で一番大事なのは人とのコミュニケーションで。ストレートパンチを相手の顔の横に出す行為一つをとっても、もし手の出しどころを誤ってしまったら、大きな事故になってしまいます。そういう緊張感を伴う、命にかかわる一手が連続するのがスタントパフォーマーの仕事です。最初は言葉にも詰まるし、気持ちをうまく伝えられなかったのですが、たとえ初対面の相手でも、伝えるべきことはしっかりと伝えないと誰かが怪我するかもしれない。そういう危機感によって自分自身が変化していくのを実感していました。潔癖症について言うと、もともとは床に触るのも無理……! という感じだったのですが、アクションの楽しさが潔癖症を上回ったんですよね。人から見たら些細なことかもしれませんが、自分の中ではその二つの変化が起きたことが、自信に繋がったという意味で大きいです。
「スタントマン」でも「スタントウーマン」でもなく、「スタントパフォーマー」と名乗る理由
——「スタントウーマン」という呼び方を選択される方もいらっしゃいますが、日本では「スタントマン」という呼び方がまだ一般的であるように、スタントを仕事にする女性の存在はまだまだ認知されていないように思います。伊澤さんがご自身のプロフィールで「スタントパフォーマー」と名乗っているのはなぜですか?
伊澤:もともと「スタントマン」の「マン」を人間という意味で捉えていたので、以前「スタントウーマン」と呼ばれたときに違和感があったんです。仕事の内容は同じはずなのに、どうして呼び方を男女でわけるんだろう? と疑問に思って。だから「スタントパフォーマー」と名乗っているのですが、昨年『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』(2020年)という映画が公開されて、もしかしたら「スタントウーマン」でもいいのかもしれないと悩み始めていて。
——映画産業において「スタントウーマン」たちが、雇用機会の確保や地位向上のために尽力してきた歴史などを取り上げたドキュメンタリー作品ですね。
伊澤:SNSで海外の女性のスタントパフォーマーの肩書きを見てみると、「スタントパフォーマー」と「スタントウーマン」が半分ずつぐらいに分かれている印象です。「スタントマン」と書いている女性は私が見ている限りいないですね。「スタントウーマン」と名乗る方が、女性に向けてその職業が開かれていることを示す意味で地名度にも貢献できると思うのですが、一方でやはり男女で職業名が違うことにまだ違和感もあり、葛藤しています。
——考え続けているということですね。現場に女性が少ないことで、困難にぶつかる場面はありますか。
伊澤:アクション映画に登場する女性キャラクターが少ない、ということですね。例えば、5人の主人公チームがアクションする映画があったら女性はその内1人とか。女性が主役の映画でも、敵は全員男性しか出てこないとか。必然的に現場に必要な女性スタントパフォーマーも少なくなるし、同席するのも男性の先輩であることがほとんどなので、、生の演技を見て憧れてきたのも男性のスタントマンたちで。そうすると私自身のアクションもどんどんワイルドになっていくので、アクション監督から「もう少し足を閉めて」「女性らしく立ち回りして」といった指示をもらう経験がありました。「もっと女性らしくして」は私に向かう言葉ではなく、私が演じる「役」への言葉です。その役の生い立ちやバックボーンを考えていくと、立ち方、歩き方、構え方、戦うときの演技も変わっていきます。一方で「女性らしく」という指摘の仕方ではなく、そのキャラクターに合った動きをするには具体的にどこをどう動かせば理想的なのか、別の言葉で指摘できるようにしていく必要もありますね。最近はジェンダーレスな役も増えて、ギャップをつけるような演出も増えてきたので、ボディコントロールを覚えて多様な動きができるようになりたいです。
——その話を伺って、アクションする女性が登場する映画が増えていくことで、「女性」の表現がもっと多様に広がっていきそうだなと感じました。近年では女性8名による犯罪チームを描いた『オーシャンズ8』(2018年)など、女性が主体となって物語を切り拓いていく作品も増えてきていますが、伊澤さんは女性がアクションする姿を通して、観ている人に届けたい気持ちや、スタントウーマンという職業の門戸を開放したいという考えなどはありますか。
伊澤:アクション映画で女性がメインになることは日本だとまだ少ないけれど、アクションをしている姿って性別に関わらずかっこいいんです。観てくださっている人が「私もこうなりたい」「こうありたい」と憧れや勇気を持てるきっかけになってほしい、というのは普段から考えていることかもしれません。職業という意味でも、スタントパフォーマーになりたいと思ってくれる女性が一人でも二人でも増えたらいいなといつも思っています。俳優さんのアクションを代わりに演じることを「スタントダブル」といって、どこの国でもその俳優さんと身長や体型が似ているスタントパフォーマーを選ぶのですが、日本では女性スタントパフォーマーが少ないので、身長が10cmくらい違っていても起用されることもあるし、男性の先輩が女性のスタントダブルをしているのを何度も見てきました。私自身も身長が同じくらいの男の子のスタントダブルをしたことがありますが、私が男の子の代わりをやったときの採用基準は「背が低いこと」で、女性の代わりを男性がやるときの理由としては「背が高いキャラクターだから」に加えて「女性にできる人がいないから」という理由がいつもあるんです。
——男性と女性とで、採用される理由、前提が大きく違うということですね。
伊澤:現場によっては、私はアクションの立ち回り担当、男性がスタント担当と二分化されたりもします。理由を聞いたら、「女性に怪我をさせられないから」と“優しい”言葉を言われたこともあります。撮影でのリスクヘッジを考えてということだとは思うのですが、女性にスタント担当が振られないのはちょっと悔しいですよね。スタントを任せてもらえるようになるくらい、私も技術を磨かなければいけないのですが、女性が増えて、女性ができることを増やしていけば、選択肢が広がるのかなと思います。
——そう思います。さきほど映画『スタントウーマン』を観たという話がありましたが、その他にはどんなものから日々の学びを得ていますか?
伊澤:現場の先輩や映画から学ぶことももちろんなのですが、最近は動物やコンテンポラリーダンス、バスケットボールなど、さまざまな動きがアクションに昇華できることに気づき、学ぶ対象を広げています。あとはInstagramで見つけたスタントウーマンの方を片っ端からフォローして参考にしています。フォローするだけだと自分のことを知ってもらえないので、「あなたのパフォーマンスが好きだ」とDMで一声かけたりもします。アクションは世界共通言語。ダンスやスポーツと同じように、せっかくボディランゲージだけでコミュニケーションが取れるのだから、世界の人と繋がらない理由がないです。海外のスタントパフォーマーのSNSを見て日々刺激を受けているので、私も誰かのアイデアやインスピレーションを与えられる人でありたい。「今度この動きにチャレンジしよう」と思ってもらえるように練習動画を投稿しています。もっと日本のアクションを知ってもらいたいし、お互いに学び合いたいなと思っています。
私はスタントパフォーマーになるべくしてなった人間ではない
——さきほど、「まさか自分がスタントパフォーマーになれるとは」と思いながら仕事をしているというお話がありました。その気持ちを抱えながら、今の場所で結果的に道を切り拓くことができているのは、なぜだと思いますか。
伊澤:私はスタントパフォーマーになるべくしてなった人間ではないと思います。先輩たちは、体操教室に通っていたり、スーツアクター(※)出身だったりする人が多いのですが、私は20歳になるまで運動に特別力を注いできたわけではありません。だからここまで来ることができたのは、私が特別だったからではないんです。言い方が難しいのですが、スタントパフォーマーになるための門はすごく狭いけれど、その門は誰でも入ることができて、私はその門に入って目の前のことに対して努力したということなんだと思います。間口は狭いかもしれないけど、「誰でも目指していい仕事なんだよ」ということが、私に証明できることなのかなと感じていますね。
——狭い門に入り、その先の道を一歩ずつ歩いていくときの選択の基準となるような、伊澤さんの自分らしさとは何だと思いますか。
伊澤:自分らしさについて最近よく考えているのですが、ものごとを判断する基準として、「何でもいいけど何でも良くない」という両方の感覚がずっとあって。もう少し掘り下げてみると「熱」と「楽(らく)」を大事にしていると気づき始めました。その二つの基準を自分らしいなと思いつつ、もう一つ強みなのは、ふらふらしながら面白い道を探し出せるところなのかなと思っていて。例えば今日着ている服も、オンラインで一目惚れして買ったものだけどとてもお気に入りだし、友達と「海が見たいね」と自然の中に遊びに行って、こっちだなと思う方を進んでいくと、ものすごい絶景に出会ったりする。「熱」を感じる方、「楽」できる方という2つの判断の指針に加えて、面白いなと思える方に進んでいける力が、今私が持ち合わせていて、同時に大切にしているものなのかなと思います。
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アカデミー賞では「スタントパフォーマー」を受賞対象にしようという動きがあるものの、国内においてはいまだ知名度が高くなく、女性が従事することが少ない職業です。その当事者として活躍しながらも、「誰でもできる仕事」だと語る伊澤さんとの対話を経て、「特別な人」や「特別な仕事」と言うとき、その「特別さ」とは何を指しているのだろう? と考えを巡らせるきっかけになりました。ひとつの対象を「特別」だと決めつけ自分と相手の間に一本の線を引くやり方ではなく、門戸を開き、さまざまな人がその対象に関わることで、「特別」だったものが「当たり前」になっていく。そんな豊かさが存在する未来に至るまでの過程を私たちはどう耕していけるのか、考えていきたいと思います。
※スーツアクター:着ぐるみやぬいぐるみを着用して殺陣やスタントなどの演技をするスタントパフォーマー。変身ヒーローや怪獣、ロボットなど人間と外見の異なるものを演じることが多い。
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Diverstyle Book by IIQUAL
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