またたく夜空の色
「流れ星なんて、大したもんじゃないだろ」
迂闊だった。なんの悪気もなく言ってしまった。
俺は後悔を引きずって今日を迎えていた。
電車の中は余裕で座れるほど空いている。俺の座る長椅子の席も空席が目立つ。これから向かう場所はかなり田舎らしいので、いつもはもっと少ないのかもしれない。
夏休みに高校1年の男子が田舎に向かう。そう聞けば、たいてい両親のどちらかの実家を訪ねるのだろうと思う。だが、今回向かう田舎は、友人の実家だ。
その友人、芦原梨緒は向かいの長椅子の席に座っていた。
2人きりで行くとか聞いてないんだが……。
こんなことになったのは、美術部の同級生仲間で話していた時だった。
夏休みはどこに行くか?
いつものだらけきった空気でそれぞれ答えていた。
芦原は今度母方の実家に行くと言い、実家のある田舎についていろいろ聞かれていた。特に、その田舎で見る流れ星がすごく綺麗なんだと自慢していた。
その話をスマホをいじりながら聞いていたが、流れ星を見られることの何がすごいのかよくわからず、「流れ星なんて、大したもんじゃないだろ」と、何気なく失言していた。
空気の読めない発言をした俺は周りの戸惑う視線を集めた。当の本人は、不貞腐れた顔をしていた。
言った後、失言していたことに気づき、すぐに謝ったが、何も言ってくれなかった。場の空気を変えようとした加々見湯美が「それなら、みんなで芦原の実家の田舎に行こう!」と言い出した。
いやいやいやいやいやいや、聞いた限りじゃ電車の本数も限られてるだろうし、泊まるところもなさそうな感じだった。いきなり巻き込まれたその他ゆかいな仲間たちは戸惑っていた。
そんなやり取りがあって実現した、美術部1年の田舎へ行こうの旅だった。そして当日、待ち合わせの駅にいたのは芦原だけだった。
約束の時間になっても来ないので連絡をしてみたら、青葉晋哉は寝坊、加々見は先に行っててと連絡があり。真宮は補習があったことをすっかり忘れていたようで行けないそうだ。
こうして、俺は一番気まずい相手と2人きりで田舎に向かっていた。
来なきゃよかったと後悔しながら、自然豊かな車窓風景に目を移し、不安を募らせた。
芦原の田舎は、山々に囲まれた田園と古めかしい家という、まさに田舎然としていた。セミの声が騒がしく、白い雲が山の向こうに見える。
今晩お世話になる芦原の実家に向かうと、上品なおばさまといった印象の女性がすごい嬉しそうに出迎えてくれた。おばさまに促されてお邪魔するなり、麦茶とスイカを出された。ほんのり甘いスイカは、今まで食べたどのスイカより美味しかった。
しばらくして、加々見と青葉が来た。かなり汗をかいており、2人とも髪が濡れている。
2人が来てくれて助かった。まさか、俺と芦原を2人きりにする気じゃないだろうなと気が気じゃなかった。2人が来て、口数の少なかった芦原に笑顔が戻り、浸みる気まずい空気から解放された気分だった。
俺たちは夜まで待った。芦原が言うには、天体観測に適した絶景スポットがあるらしい。懐中電灯と望遠鏡、カメラ。なんだかんだ楽しみにしていた加々見と青葉は準備万端だった。
芦原は森の脇道を通り、ずんずん進んでいく。
「な、なんか出そうだな」
青葉は雰囲気たっぷりの森の様子に強張った声色で言う。
「なんかってなによ」
加々見もちょっと怖いらしい。
「熊とかだよ。こういう時、実際どうしたらいいんだろうな?」
「やめてよ」
加々見は不謹慎と言いたげだった。
「なあ、どうしたらいいと思う?」
ここで俺に振るなよ。
「さあ? でも、滅多に出ないだろ。な、芦原」
「どうだろ。出る時は出るんじゃない? 森なんだし」
冷たいトーンで答える芦原に困惑する。冗談……だよな?
だって、もしそうならこんなにずんずん進まないし。
「あああ!!」
「きゃあ!」
「なに!? なに!?」
青葉の悲鳴に加々見と俺が声を上げた。
「なんか、虫が首についた!!」
青葉はゴシゴシと首を擦っている。
そんなことかよと心の中で突っ込み、呆れる。
置いていかれないよう芦原の後をついていく。
ジメっとした熱気が森に篭っているせいで、汗が止まらない。絶景スポットがあると言うから着いてきてるが、天体観測ってここまでしなきゃいけないのか。怖いし、暑いしで、俺のストレスは少しずつ溜まっている。
加々見と俺、青葉は草の葉音や動物の鳴き声に時折、怯えていた。
すでに帰りたそうな青葉と溶けてしまいそうな顔をしている加々見。2人も限界に近づいているらしい。
さすがにどこまで行くのか聞こうかと思った時、「着いたよ」と芦原が言った。木々に視界を奪われていた景色が変化し、開けた場所に出た。そこには大きな湖があった。
「湖か」
「ここで、流れ星を見るの?」
芦原は加々見の問いに、はしゃぐ子供のようにうなづく。
「うん! ここで見る流れ星がほんっとに綺麗なんだよ! ほら、今、輝いてる」
そう言って、空を仰いだ。
空は雲1つなく、満天の星たちが輝く。その夜空をかける星は湖面にも映っていた。降り注ぐ星たちが一瞬の光を放って流れていく。
夜空と湖面のキャンバスに描かれる光の万華鏡。彩られる夜空を目にした瞬間、言葉などいらなかった。今までの苦労など忘れ、この色彩を目に焼き付けられたことに喜びを感じた。
「だから言ったでしょ?」
芦原は輝く星のように笑う。
「見たら絶対感動しちゃうって」
俺はなんとなく敗北感を味わうも、嫌な気分ではなかった。今まで知らなかった芦原の顔を見られて、俺の心はときめいた。
「ああ、すげえわ。ここで見る流れ星は」
来る前とは違う気まずさを感じ、俺は芦原から視線を逸らし、星たちに目を向けた。
了