今度は私がイケメンになる番

久しぶりに街に出ると、いつも行ってた店がなくなっていたり、知らない店が出来ていたりで、何十年も住んでいる街なのに知らない土地に来たような感覚でフワフワとした。

子供ももう中学生になって、昔みたいに1人で出かける事が多くなった私。

もともと1人行動は得意。
自分のペースで歩ける。
気になる所に気ままに立ち寄れる。
ラーメン屋も立ち食い蕎麦も一人で行けるし、カラオケだって一人で行ける。
若い頃の私は、自分一人で何もかも出来る事が『強い』と思っていた。

久しぶりに乗る地下鉄から降りる。
たくさんの人に紛れて歩くのも久しぶり。
サラリーマンやOLさん、賑やかな若者の中で、誰にも見つからないように必死に歩調を合わせて歩く。
誰にも違和感を感じられないように生きるのが得意。
誰の目にも止まらない。
特技であり欠点。

駅の階段に差し掛かると、毎回思い出す事がある。

10年以上前の事。
その日私は実家から2人の子供を連れて帰宅する途中だった。

私の背中にはリュックサック、お腹側には抱っこ紐に入った次女、右手には私と子供たち3人分の荷物が入ったキャリーケース、左手はヨチヨチ歩きの長女と手を繋いでいる、という鬼のような状況だった。

実家の母に「子供2人抱えて大丈夫?帰れる?」と心配されたけど、『何でも一人で出来るもん病』の私は「大丈夫大丈夫」と強がって帰ったのだ。

しかし階段に差し掛かると、今までガラガラと転がしてたキャリーケースを持ち上げなければならない。
しまった、盲点。
エレベーターに乗るべきだったなと思ったけど、エレベーターまで遠く、「まあいいや、イケる!」とキャリーケースを持ち上げてヨロヨロと階段を降り始めた。
駅の長い階段。
やっぱり遠回りでもエレベーターに行くべきだったか。

そこにどこからともなくスーツ姿のキャリアウーマンが横に。
キリッとした顔立ちのその女性は、こちらも見ずに真っ直ぐ前を見ながら私のキャリーケースをスッと持ち上げ、
「持って逃げないから安心して。下まで持ってあげる。」
と一気に言った。
特に話しかけてくるわけでもなく、真っ直ぐ前を見据えたまま、ワシワシと階段を降りる。
私は「すみません」と「ありがとうございます」を繰り返し恐縮した。
階段が終わるとイケメン彼女はスッとキャリーケースを地面に置き、風のように去って行った。

お礼なんて要らない、という気概のようなものがかっこよかった。
一言で言うと惚れた。
あんな凛とした女性が、私のような空気人間に気づいてくれた。手を貸してくれた。
1人じゃないことに気づかせてくれた。
なんて素敵な世界なんだろう。

1人でなんでも出来るのが強いんじゃない。
困ってる人に気づいて、実際に手を貸す事が出来る人こそ最強だと、立ち去るお姉さんを見て思った。
私もあの時のお姉さんのように、当たり前な顔をして誰かの手助けが出来るような人になる。絶対に。

混雑した駅を、ちょっとだけ見回して歩く。
あの時の私のような無茶な荷物の人はいない。
そりゃそうか。
あの時の私はなかなか無謀だった。
でもそんな強がりさんがいたら、私は一歩踏み出そうと思う。

人混みにひっそりとまぎれながらも、心をちょっとだけ熱くしている。

あの時のお姉さん、その節は本当にありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?