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夏めいていく世界に

自分自身を定義するものが、他者との交流の中からしか生まれないのなら
絶交を自殺と同義だと捉えることを誰が否定できるのだろうか。
言葉を積み重ねた。思想を積み重ねた。
自ら吐き捨てた何かが、自らを定義する何かに生まれ変わった。
惨たらしい一日が、惨たらしいままに終わってくれたのなら救いだ。
言葉をすり潰した。思想をすり潰した。
自ら投げ捨てた何かが、自らを殺傷する何かに生まれ変わった。
時間は流れる。身体は老いていく。
輝きは遠のき、暗がりも遂には過ぎ去った。
かつて蒔いた種子が芽吹き、やがて蔦となり足に縋った。
進むべきか、立ち止まるべきか。
そんな思考を無視し、時間は流れる。身体は老いていく。

「私たち、何かを諦めるにはきっと若すぎるんだよね」

今の僕なら若すぎるということはないだろうか。
燻ったまま内に眠るものを殺すには充分だろうか。
忘れてしまったら楽になるものばかりを覚えている。
楽しいことだってきっとあった。
幸せを感じたことだって数え切れない。
それなのに
忘れてしまったら楽になるものばかりを覚えている。

近頃はすっかり白けてしまって、上がっていく気温と僕自身は反比例している。
世間では、と書くと主語が大きいような気もするけれど
僕の周囲もやっぱりどこか虚しさを覚えているような気がする。
咲き始めたと思ったら、枯れ腐ってしまった紫陽花に
自分の気持を写してみたけれど、それすら陳腐に思えた。
聞こえ始めた蝉噪も、厚みを増す雲の縁も、
口元を覆う不織布に遮られて、自分の呼吸だけが還ってくる。

遠くない未来で、きっと何かを諦めるのだろう。
そうして最後に残ったものが本当の夢だなんて、胸を張って言えるのだろうか。
言葉として残り、写真として残り、思い出として残る。
その一つ一つを丁寧に忘れて、諦めて、残ったものが。

「私たち、何かを諦めるにはきっと若すぎるんだよね」

夏めいていく世界に溶けていく。
自己も他己もなく、過去も未来もない。
夏という概念は真空と同義だ。
そういう思想に囚われたまま
諦めることもできず、忘れることもできず
不細工な言葉として残し
夏めいていく世界に溶けていく。

溶けきれない自己を憂いて。


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い〜の
貴方のその気持をいつか僕も 誰かに返せたらなと思います。