「代わりに読む人」を代わりに組む
あなたは「代わりに読む人」を知っているだろうか? 自分の代わりに生活する"もうひとりの虚の自分"が存在するというネットオカルト...ではなく、「代わりに読む人」は雑誌の名前であり出版社である。雑誌の内容は小説や評論、エッセイ、漫画など多岐に渡る。書店では文芸誌の棚に置かれているのを見ることが多い。2022年6月に発売され、順調に売り上げている。そんな雑誌を編集者で発行人の友田とんさんにお誘いしてもらって「組版」した。組版という仕事の存在を知らない人も多いかもしれない。組版とは本や雑誌をつくる際に、紙の上に文字を並べ絵を置いていくという作業のこと。これから組版の仕事と「代わりに読む人0 創刊準備号」について個人的な立場から書いていきたいと思う。
ところで、なぜ、今回組版の立場から文章として記録するかと言えば、まず関われたことがすごくうれしかったから。うれしい経験はなるべく残しておきたいものだ。
もう一つの動機は、組版するときに「方法としての新しさ」があったからだ。通常の書籍の組版では、打ち合わせはあまりせず、編集者からテキスト、デザイナーからデザインの"型"が入ったデータをもらうところから始まる。その型に完全に準じる形で全体を組み立てていき、途中で入る修正に応じるのが組版の仕事である。ざっくり喩えると、家を立てるとしたら施工主が編集者/発行人で、建築士がデザイナー、組版者は大工という役割になると思う。
「代わりに読む人0 創刊準備号」がユニークだったのは、簡潔に言えば「ルール」と「段取り」に関する点だ。普通の書籍ではデザイナーの"型"はガチガチに作られていて、絵の入る場所まで決められている。なので自分が一般的な組版をするときは淡々と決まった作業になることが多かった。しかし、今回はそれとはまったく違かった。
まず最初に友田さん、デザイナーのコバヤシタケシさんとデザインの方向性について打合せをした。どういう雑誌にしたいかを議論しながら実際にモノとして世界にどう存在するべきなのか、話を重ねていく。最終的には「公園のような本になるといい」という結論に落ち着いたのだった。友田さんからは「このテキストはこういう雰囲気で組んでほしい」あるいはもっと具体的に「2段組にしてほしい」などのオーダーと一緒にテキストが届き、コバヤシさんは数パターンの本文やタイトル、柱などの最適なデザインフォーマットを作ってくれた。また「すべてのページに佐貫絢郁さんの絵を入れる」というルールも2人から提示された。これも非常に大切で「佐貫さんの絵が全ページに入り、すべてレイアウトが異なる」というルールは雑誌の"色"を決めるのにすごく貢献したのではないかと思う。まだ手にとってない人はぜひ書店でページをめくってみてほしい。
私はここからが実作業で、2人からのイメージを元にどんどん図を配置してテキストを組んでいった。その際、コバヤシさんからはデザインをするときの態度や方針みたいなものを伝えられていた。例えば「先に絵を入れて不自由(公園の障害物や遊具)な中で」「画面に緊張感を持って、どの見開きでも完璧な形で」など。私はその声に従って絵と文を置き、2人に見てもらう。再度「こういう風に」という修正指示をもらい、トントンと直していく。別の仕事ではなかなかない工程だ。友田さんには大きな作品全体のイメージのような面で、コバヤシさんには技術的な面で指示をもらっていた。
この「段取り」も非常に重要だと思った。作図などの際に編集からなんとなく文字の大きさなどを指摘されることはあるが、デザイナーから直接意見をもらうことはほぼなかった。しかしこれがとても効果的で、一言もらうと誌面のクオリティの底上げに繋がると感じた。「アートディレクターとデザイナー」という立場なら当然だが、組版でその段取りを使うとなにか新しい進め方になるような気がする。誌面作りのための脳みそが1つ増えることによって何かしらのメリットもありそうだ。
一通り組めたらそれを校正に出し、帰ってきたものから修正を進めていく。イレギュラーな箇所はコバヤシさんに直接デザインしてもらい、それを合体。自分では手に余る部分も、最後の方にコバヤシさんに直接整えていただいた。
今回を通じてより強く感じたのは、組版は「代わりに組む」という仕事なのだ、ということだ。デザイナーの「代わり」であることはもちろん、編集者・著者さらには読者の「代わり」である。文章は組まなければ読まれることもない。今回は2人の声を聞きながら組んだので、一層「代わり」感が強まったような感じがする。
また、組版者同士も「代わり」になりうる。原則的には、組版する人が変わっても仕事のクオリティは変わってはいけないからだ(もちろん厳密には差異があるし、代替不可能な仕事だが)。
今回のプロセスでは「代わり(代替可能)」と「代われない(代替不可)」のちょうど間くらいの仕事だったと思う。通常の組版は「代わり」、デザインは「代われない」仕事だと思う。今回はそのあわいにある仕事。そこですこし興味があるのは、私ではない組版者が組んだらどんな風になるのかということだ。組版者が変わって誌面が大きく変わるとしたら、組版が「代われ」なくなったとしたら、それは果たして組版という仕事なのだろうか? その場合はちゃんとデザイナーや編集者の「代わり」になりえているのだろうか? 気になるところではあるけれど、まだまだこの雑誌の組版をしていたいので、そんな機会は訪れないと良いなと思いますが...。
最後に、今回は私にとって本当に貴重で勉強になる機会だった。友田さん・コバヤシさんにはめちゃめちゃ迷惑をかけ、同時にとてもお世話になった。佐貫さんの絵は組みながら感動しちゃうくらいすばらしかった。自分は将来的にはブックデザインを仕事にしていきたい気持ちがあり、それを汲んでくれての座組みとプロセスだったと思う。この場をかりて感謝します。
普段、あまり日の当たらない仕事をしている私も一生懸命作った一冊、みなさまぜひお買い求めください。次号も楽しみです!
《 イベント情報 》
名古屋のTOUTEN BOOKSTOREさんで佐貫絢郁さんの原画展が開催されるようです。本文を組んでて、絵の良さには打ち震えました。店主の古賀さんには昔お世話になりました。皆さま、オススメです!
その他、『代わりに読む人0 創刊準備号』刊行記念フェアやPARCO、文フリ出店もある模様。ぜひぜひこちらもご参考ください。
飯村 大樹(いいむら・ひろき)
1995年生。名古屋大理学部を卒業後、早川書房制作部にて3年勤務。以降、フリーランスとして組版とデザインを生業にしている。好きなものはたこ焼きと美術館のロッカー。https://linktr.ee/iimura
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