2014.1204
「この後、水電話にメールしておくから、それ読んでね」と彼女は言った。
水電話。
それは、我々の知る初期型のガラケー(携帯電話)のようなもので、その世界では皆が普通に持ち、普通に使われている通信機器だ。なぜ水電話と呼ばれているのか?水力を源にしてるからなのか、発明した人の名前に水の文字が入っているからなのか、理由は分からない。通話は普通にできるが、メールの送受信には2つのIDとパスワードが必要で、それらを2回に分けてPCから通信会社に送り、承認のキーを貰って2回入力した上でようやく通信会社からメールが転送される。という酷く面倒なシステムで、メールのやり取りをする。というのは、ちょっとした面倒と向き合う覚悟が必要となる行為だった。
夏休みがあけた。
中学3年生の私はもう半年ほど学校に行かず、バイトしては街で遊んでいる。
半年も経つと親をはじめ周りも穏やかなもので、私の存在など初めから無かったかのように世界は周り、時は進んでいった。
退屈に退屈を重ねていよいよ押しつぶされそうになった時、久しぶりに中学に行くことにする。
学校に着くと昼休み。
皆が思い思いの場所で遊んでいる。
体育館を過ぎ、北校舎に向かう中庭でホソカワさんに会う。
「久しぶり」と彼女が言う。「あぁ、そうだね」と私は応える。久しぶりすぎて、互いに言葉が見つからず、気まずい空気が流れる。午後の木漏れ日を受ける彼女の髪が風で優しく揺れている。
「あのさ…」私から口火を切る。「連絡できなくてごめん。ちょっと事情があって、連絡できなかったんだ」
「そうなんだ」彼女が応える。
「今度、どこか遊び行かない?今週末とか、どうかな?」
「う〜ん、えーとね…」と考える彼女。
先月のバイト代は遊びでほぼ溶けていて、今月のバイト代が入るのは1週間後だ。映画とか、遊園地とか、お金かかるところはやだな。などと考えていると、「神社に行きたい」と彼女が言った。
「神社って?あの神社?」と私は問う。
「うん。あの神社」と彼女が応える。この応えに、この子はなんて純粋な子なんだろう。と感動すら覚え、全身が震える。
ー そうか、そういうことか ー
「分かった、それでさ…」と自分
「あのね、この先のことはメールするから、水電話で確認して」
「そうか。分かった…」
「じゃ、次の授業、習字だから…」と細川さんは次の授業に向かった。
その日の深夜、家に帰り水電話のメールを確認するための手続きをした。
通信会社のサーバートラブルで、なかなかうまく手続きが出来ず、苛立ちを覚える。
あの子は『この先のこと』と言った。この先とはどの先を指すのだろう?週末のデートの事なのか、もっと将来に向けた事なのか、早く知りたかった。もしかしたら、「別れたい」とフラれるのかもしれない。来年、我々は高校生になるのだ。
そんな事を考えながら、PCの前で目を閉じる。
最後に浮かんだのは、まじめに習字を書いている、制服を着たホソカワさんの後ろ姿。
目が覚めて、水電話がすごく気になる。
なんだよ? 水電話って。