未来のわたしたちのために記録する
*病気に関する記載があります。
わたしたち夫婦は出会って15年、付き合って10年、結婚して7年。
付き合う前から、この子は生き別れの兄弟なのじゃないかしらと思うほど気安く、大きな危機もなくこの日を迎えている。
けんかすることはもちろんあるけれど、この人のいない人生なんて考えられない。
そんなわたしたちにとっては、まさに晴天の霹靂だった。
ある日、仕事の勤務調整について相談したわたしに、真面目な顔で夫が話があると言った。
「絶対にいい話じゃない」
と直感して心が拒否したけれど、夫は続けた。
「実は、腫瘍が見つかったんだよね」
職場の定期検診で影を指摘されて、近くの総合病院で検査を受けたこと。
その結果腫瘍が見つかったけれど、今のところどういう性質のものなのか、どう治療するのかしないのかは決まっていないこと。
そんなことを言っていた。
この時、わたしは「わかった。とりあえず結果を待とう」としか返事ができなかった。
まず、腫瘍が一体何者なのかがわからないので、どう捉えて良いのかがわからない。しかもその時、わたしはかなりゴタゴタを抱えていて、それについてじっくり考える余裕がなかった。
それでも、とてもショックだった。
あれから約2週間。
あれよあれよという間に、我が家は日常を失ってしまった。
まず、検査の結果で腫瘍がリンパ腫だったことがわかった。
それによって、入院治療をすることが決まり、病床が空き次第という説明をもらった。さらに、その準備をする間もなく入院日が決まった。
わたしたち大人も状況の変化に追いつくのが精一杯。
子ども達には、いつ・誰が・どういう風に説明をするのか。
誰に伝えておく必要があるのか。
保険の手続き。給付金の手続き。仕事の調整。
二人で話し合いながら奔走する1週間。
夫の腫瘍がまだ悪さをしておらず、彼の生活に何も制限がないことが不幸中の幸いだった。
*
夫は無事入院し、無事治療を始めた。
子どもたちは甘えん坊になり、「保育園いきたくない」がはじまった。
わたしは、家事と育児に忙殺されている。
彼が入院する前には、辛いと言われている治療を受ける彼がかわいそうで、病気の存在が不安で、彼のいない生活を思うと寂しくて。とにかく気を抜くと涙が出てしまう数日を過ごしていた。
けれど、今はもう泣く暇もない。泣いている暇があれば手と足を動かさないと、1日が一瞬で過ぎ去ってしまう。
これはもう、親子共にこの生活になれて新しいリズムができるまで仕方がない、と受け止めている。
彼がすぐに入院できたのは、ありがたいことだったのだと思う。
ただ、ここまでの変化があまりにも短期間に起こってしまって、ありきたりの表現だけれど、本当に当たり前の日常は当たり前ではないのだと知った。
*
治療が終わって、また変わらない毎日が始まったとき。
きっとわたしたちはまたけんかをするし、今のわたしには想像のできない壁にぶつかるのだと思う。
その時、「あの時を乗り越えたから大丈夫」と言える今にしたい。