おいしい暮らしを包む、優しい木。日本の森を守るために始まった、森林課題解決プロダクト信州経木Shiki
ー作り手
おにぎりをくるんでいたり、蒸し物の下に敷かれている、薄く木目が透けた紙のようなもの。アレの名前をご存知でしょうか?
あの薄い木は「経木(きょうぎ)」と言い、日本で古くから使われてきた伝統の包装材です。木を伐採し、薄く削り、乾燥させて作られており、プラスチックやラップが主流になるまでは、何でも経木で包んでいました。
適度な湿度を保つ「調湿」作用を持ち、さらに通気性、抗菌性に優れ、腐敗を抑制し食材の鮮度を保ちます。ほのかな木の香りと、木目の美しさで、自然のぬくもりそのものを感じられるのも特徴です。
信州経木Shikiさんの経木は、全て地元信州伊那谷のアカマツを使ったもの。アカマツの特徴である抗菌、調湿作用が上手く活かされています。
「Shiki」とは、「敷き」であり、「織」であり、「四季」のこと。漢字にするのなら、「紙木(しき)」。何かを包む風呂敷であり、何かと組み合わせて別のものを作り出す織でもある。そして、豊かな模様のある素材を生み出すのは、四季。
地域材を活用し、その想いとともに商品を届けることにこだわっている信州経木Shikiさんは、自社の林業チームや近隣の木こりさんと連携し、地域のアカマツを伐るところから、経木の生産、販売をするところまで全て自ら行っています。
お話を伺うと、まずは経木の活用方法のバリエーションの多さに驚きました。
経木は、余分な水分や油分を吸い取り、お皿の汚れも防いでくれるため、揚げ物や焼き魚に敷くのには最適。その吸収性を活かして、まな板代わりにもなってくれます。
鍋の中でも活躍。鍋底に敷いて鍋の焦付きを防いだり、柔らかい性質を活かして落とし蓋としても使用できます。
料理の敷物に使用したり、お菓子の飾りに使うと、食卓の印象が一気に変わります。
適度な湿度を保つ効果があるので、おにぎりを包むと、おひつに入れていたかのようなごはんを楽しめるだけでなく、海苔がベタベタすることもありません。包んで保存することで、菌の繁殖を抑え、劣化も防ぐそう。乾燥が気になるパンの保存にもおすすめです。
冷凍もできるので、肉や魚の保存にも重宝しそうです。
食べ物を経木で包む事にこんなにも大きな効果があったことを知ると、先人たちの知恵に頭が下がります。そしてこの素晴らしい知恵を引き続き繋いでいきたいと感じます。
「信州経木Shiki」が生まれた背景には、今、日本の森が抱えている課題があります。それはどのようなことなのか、詳しくお話を伺いました。
ーものがたり
「信州経木Shiki」を運営するのは、株式会社やまとわさん。木工職人だった中村博さんが、地域材を使った暮らしの提案をするために立ち上げた会社です。きっかけは、「国産の木を使わないことで日本は森林荒廃が進んでおり、しかも材木を輸入してくる国の中には、森林がどんどん減少している国もある」という話を聞き、木材利用のねじれた状況を知ったことでした。
森林が最も育ちやすい国と言われ、国土の7割弱が森林という森林国にも関わらず、日本の木材自給率は約36%。今、私たちの暮らしの中にある約7割の木は、輸入材です。
このように、日本の森と私たちの暮らしは遠くなっており、日本の森は十分な手入れが行き届かなくなりました。今、多くの人工林は手入れがなされず、陽の差し込まない暗い森になっています。沢山の生命の暮らしを支えるはずの日本の森は今、機能不全になりつつあります。
手入れがされた豊かな森は、様々な生き物や植物が暮らす多様性にあふれた森となり、そういう森は自然災害にも強いのです。私たちは豊かな森を育てるため、地域の木を地域で、日本で使うことを目指しています。
日本の森が置かれている状況を変えるべく、地域の木材を使ったものづくりや地元の森林整備に取り組み、豊かな暮らしづくりを通して豊かな森をつくる。それがやまとわさんが目指していることです。
「信州経木Shiki」は、木をそのまま使う心地よさを、日々の中に」をコンセプトに、暮らしを心地よく、そして森林課題解決への願いが込められたプロダクトです。アカマツの特徴である抗菌、調湿作用が活かされ、暮らしの中により気軽にアカマツを取り入れてもらいたいと願い、誕生しました。
経木の生産は、伊那谷にある多くのアカマツを、どうにか活用したいという思いから始まりました。
信州伊那谷に多くあるアカマツは、マツ枯れという問題を抱えています。マツ枯れ病になってしまったアカマツは被害が拡大しないよう、薬品処理するか焼却処分されてしまい、材木としては使えません。枯れ行く命に次の命を吹き込むことができれば、アカマツは私たちの暮らしを豊かにしてくれる。森の問題を解決に繋げるには、森林資源に価値をつける必要があります。
アカマツと経木の生産が結びついたのは、ちょうど伊那市市長から「経木を復活させたい」という話があった所からだそう。アカマツに次の命を吹き込むため、日常的に消費されていく木製品を探していた中村さんは「これだ!」と思い至ったそうです。
当時、長野県で経木を生産していたのはたった一人だけ。「後継者になりたい」と、譲り受けた説明書のない古い機械に悪戦苦闘しながら、1年半ほどかかって信州経木Shikiの経木が商品化できる兆しが見えたのだとか。
機械に苦労するのと同時に、木の特質を見極めることがとても難しかったそう。木は生き物なので、季節によって中の水分量が異なり、天気によっても木の性質は変わる。それに合わせて切ったり削ったりできないと、経木は作れないといいます。
今も当時と変わらない想いでアカマツに向き合い、「消費するべき木があり、使えば使うほど自然環境にいい」と言うことを伝えるために、日々生産を続けていらっしゃいます。
ー想い
自然のもの、環境負荷が少ないもの、日本の伝統技術や文化を継承できるもの、脱プラスチック等の課題解決に繋がるものを選択する意識の醸成は、大きな循環の具体的な第一歩です。
豊かな森を未来へ残す。
持続可能な未来をつくる。
とても重要なことですが、スケールが大きく、一個人として何ができるかと考えると、イメージが湧きにくいものです。だからこそ、現状を知り、暮らしに取り入れるものの選択を少しずつ変える意識の醸成が重要だと考えています。私たちは、信州経木Shikiが、そのきっかけとなり、暮らしも地球も豊かになるような循環が生まれることを願っています。
やまとわさんでは、経木のみでなく、林業や地域材をつかったものづくり、森に関するイベント等、森の入り口から出口まで、トータルで事業を行っています。
経木は日本伝統の自然素材で、プロダクトそのものも理にかなったものですが、「信州経木Shiki」は、それを使うことで地球環境、森にどんな良い影響があるのかなど、背景を伝えていくことにもこだわっています。
毎日自然環境について考えるのは、なかなか難しいことです。しかし、経木を手に取り「日本の木を使うこと」にぼんやり思いを馳せることも、きちんとした第一歩です。
日々の普通の暮らしの中でも貢献できると知ると、喜びが生まれます。
経木の香りを嗅ぐたびに、その想いを少しずつ育てていきたいと思います。