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【考え事】 つまらない絵
おじさんとセクシーな女の人を描くのが上手な絵のとても上手いおじさんから、『noteは絵描き界隈淋しいよね』とコメントをいただいて、分かる〜、となったのでちょっとつらつら書いています。
そんなに面白いことは書いていませんが、このところぐるぐるしていたので吐き出せてよかったです。(おじさんを躊躇わず描ける人はまず絵が上手い説あるけどどう?☺️)
◇ ◆ ◇
人に対して好き嫌いがあるように、絵に対しても好き嫌いがある。良い悪いではなくて、好き嫌いは絶対にある。
個人的に、絵は、描いた人が『言語化するより視覚化した方がいい自分の心の内や頭の中』だと思っているから、実は『嫌い』とか『気持ち悪い』とか『なんでこの描き方をするかな……』とか思うのはものすごく疲れる。
その人自身に対する好き嫌いでは決してないけれど、『嫌い』と思った絵を描いた人と私は、少なくとも私からは『合わない』と思う。私だって同じように、誰かからはそう思われているし、その事実に善悪はない。
合う合わない、好き嫌いはある。
それはそれ、これはこれ。
もしかしたら、お互いの絵はめちゃくちゃ嫌いだけど描いた人は好きで大親友、なんてこともこの先の人生で起こるかもしれない。
でも、現時点までの経験則で、そういうのは宝くじの一等賞に当たるよりも稀なことだとなんとなく分かっている。
それから、好き嫌い、の他に実はもうひとつあるのだ。【嫌い】によく似た姿をしているけど、実は違う。
つまらない絵だ。
好きでもなければ嫌いでもなく、技術的に上手だろうが下手だろうが、そのあたりは置いておき、ただただシンプルに『つまらない』絵。
たまに見かける。
多分、絵を描く人には直感的にこの『うわっ、つまんねえ絵だな』と感じる瞬間があることは通じると思う。
私の絵に対して思う人もいるだろうし、私は他人の絵に対して思うことがある。しつこいけれどこれも善悪ではない。私だけの感覚なら『いや申し訳ない』くらいつけるけど、そうではないと確信しているから謝らないでおく。
⬇️ こういうことを書くときに、自分の絵を出さないのはずるいから、何枚か貼っておく。私はこういうのを描くのが好きだ。
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どうだろう?
感覚的に『つまんないなあ』と絵に対して感じたことはないだろうか。
もう少し言い換えると、なんの感動も抱けない絵。この場合の感動というのは、涙が出るとか怒りが湧くとかそういう激しいものでなくても構わない。『あ、この絵、かわいいな☺️』とか、『いいね☺️』とかの『☺️』がちょっと付くくらいの軽やかな感動。
雑で、熱量がなくて、驚くほどつまらない絵があることを、多くの人は知っているはずだ。
『嫌いだからつまらない』のではなく、本当のところは、『つまらないから好きも嫌いもない』が先にあって、『見ててだんだん不快になってきて嫌いに繋がる』というのが正体ではなかろうか。
絵でも文でも食っている私ではないから、そこまで難しく捉えてほしくないのだけれど、でも私は、絵でも文でも自分で描(書)くのだ。私の作品を好きだと言って買ってくれたりキャラクターの名前を覚えてくれる人もいれば『キッモ』とか『死ね下手くそ』とか言い残して去っていく人もいる。どちらでも構わない。私の絵は変わらない。その程度で変えられたらこんな人生になってねえ!!!
自分でやるから、なんとなく、他人の『ノッてる』とか『迷ってやってる』は伝わってくる。文章は気持ちの迷いを名文にする天才がいたりするから判断が難しいけど、絵は簡単だ。文章と違って幕というか層というか、盾になるような何かそういうものがないから、怖いのだ。ダイレクトに生肉ボンと置かれるような感じ。おいしそうな生肉ならいいんだけども。
なにもかも貫いて、苛立ちを伴って『うわ、つまんねえ絵だなこれ』と思ってしまう。
楽しんで描いている人の絵は素敵だ。
私にも好き嫌いがある。好きな絵、嫌いな絵はあるけど、楽しそうに描いている人の絵は総じて『素敵』。仲良くなれなかったとしても『楽しそうでええやん☺️』と遠くから思ったりもする。
商売にしていようが趣味だろうが、アナログだろうがデジタルだろうがコラージュだろうがAIだろうがなんだろうが『描きたくて描いてまーす』という絵は良い。
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『一生治らんね』
と言われたランタナ
何がやオイ
なあて😶
たとえ原動力が激しいストレスの発散や憎しみ、恨みつらみだったとしても『私は!!!!これが!!!描きたいんで!!!す!!!失せろ!!!!』みたいな実際のパワーがある絵は、スピードやカロリーは関係なしに、画風はなんであれちゃんと描いているから、きちんとファンもついている。すごく良い。
あと生成AIで描いてるはずなのにその人のカラーが激強でAIにちゃんと言うことを聞かせている人も世には(というかフォローさせていただいている某氏)いる。どうかしている。こういうタイプの人は1番よく分からないけど、私はそういうよく分からないけど確定的ストロングスタイルが大好きだ。
つまんない絵は、本当につまんない。
ここから先は完全に個人の価値観による好き嫌いの話をしているから、あまり真剣には捉えないでほしいけど、でも書いておく。モヤモヤしている。
私の実際の友人には、絵で食っている者が多い。生まれた瞬間から天才肌エンジン全開激烈型もいるし、個人事業主辣腕型もいるし、極めて真っ当な会社勤め型もいる。描きたい絵を描いているかどうかはさておき、全員に対して、やっぱり『これが実力パンチと努力漬けの味というやつか』と思う。
絵がお金になる、つまりたくさんの人や大きな会社から、お金を払うから描いてほしいと言われるだけある、と思う。私は自分の描く力についてだけは卑下しないけど、売れる絵は描けない。需要に応える絵も描けない。好きな時に好きなものを好きなだけ好きなように描きたい。つまり依頼に応える才能がない。
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『スタンプとかにして売ろうかな?』
と思った野菜たち🥬
ナスが人気🍆
でも仕事にしている彼ら彼女らは違う。
仕事になるだけある。
食っていくだけある。
優しい顔してギラギラしている。
依頼に合わせて描いてはいるけど、自分だけを信じて描く人だけが『食って』いっているんだと思う。
noteでしばしば、イラストレーターさんを見かける。『あ、見たことある!noteやってたんだ!』と嬉しく思うこともあれば『イラストレーター……?』と思うこともある。
『イラストレーター』を名乗ることに明確な定義付けはないのだそうだ。開業していようがいまいが、雇われていようがいまいが関係ないようで、私もそこについてはなんでも良いのだけど、問題はここからだ。
その『イラストレーター』が『つまんない絵』を出して『買って』とか『投資して』とか『サポートして』と主張しているのを目にして『???』となる。そもそもイラストをあげていない人もいる。
あげてないよりはマシだけど、その『つまんないなー』と思いながら描いたであろう絵を、買えとおっしゃる。
隠しきれていない『実績に繋げたいだけ』や『書くやつばっかりだろうし、この程度でいいだろ』でベッタリ、のっぺりして、下手なAI絵よりつまらない絵を、買えとおっしゃるか。
やる気がない時もあるだろう。
体調が辛い時もあるだろう。
でも描かなきゃと思って描くこともあるだろう。
分かるよ。
でも、つまんない、その絵。
自分で描いていて『つまんないなあ』と思っている絵は、バレるよ。
最近よく思うけど、noteには本当に色んな人がいる。
お金を1円も求めずに描く怪物みたいな水準の人もいるし、全員が全員から賞賛されるように上手いわけではなくても『良い!』と楽しみにされる絵を描く人もいるし、きちんとビジネスとして成立させている人もいる。
総じて、『描くなら描く』のスタンスなのではなかろうか。苦手なパーツがあっても描きたいから描く、必要だから描く、商品として売り出すから広く受けるように描く、色々だけど。
イラストレーターを名乗って売り出したいとしている人が『つまんない絵』を描いていると、気持ちがなんだか濡れた新聞紙みたいにくしゃくしゃになる。
絶対に、その人の絵を好きな人がこの世にいるのに。
この広い世界で、大ファンになる人だっているのに。
絵は文章と違うから、言語の壁がない。
市場規模が圧倒的に違う。
全人類がその人の絵を、見るだけで、どんな壁も越えてただ『好きだ!!』と思えるチャンスがあるのに。
もったいない。
つまんない絵は。
いつも思うのだ。
つまんない絵を見るたびに『このつまんない絵を描く人が、描かずにおられなかった絵があるとしたら、どんな仕上がりなのだろう』とか。
それから『この人に、絵描くのつまんないなと思わせた原因は、誰だろうな』とか。