やさしい男

何年か前。
なかなか好きな女の子に振り向いてもらえない悩みを女友達に相談し

「モテる男ってのはどんな男だろう」

と聞いたことがある。
彼女が言うには

「一緒に道を歩いていたりして、私が車道側を歩いていたりしたらサッと位置を変えてくれたり、ソファ席と椅子のお店に入ったらまず女の子にソファ席に座らせてあげてたりすると、優しい人だな、素敵な人だなって思うよ」

とのことだ。
ふ〜む、そんな事か…と思ったのだけれど。
でも実際これは後々テレビや雑誌や、webのコラムで度々見聞きした話で、それなりに世の女性たちが抱く思いなのだろう。
自分も、ん〜……そういうもんが良いのかな〜とぼんやり思っていた。
まぁきっと些細なことでも相手を気遣う。その気持ちが大事なのだという事だろう。

しかしひねくれ者の自分はどうしても
この交通規制の行き届いた安全な日本では、たとえ歩道からどれだけ離れて歩いていても小指一本車にぶつかることはないだろうし、椅子席の方がトイレに行きやすいという利点があるじゃないか。
などといかにもモテなそうな理屈を考えてしまう。

そもそも仮に車道側を女の子が歩いていた時に
「危ないからさ、ほら」
なんてポジションチェンジするのは恥ずかしくて一生できないだろう。
「え？この交通規制が行き届いた日本で車道側を歩くのがそんなに危ないですか？観たことありますか？二人で歩いていて車道側の人だけ車に轢かれた瞬間。観たことありますか？私はないです。だからわざわざ変わってもらわなくても大丈夫です。」
そんな具合に言い返されてしまったらどうしようという不安がよぎってやはりこれだけはどうしてもできない。
(ちなみにソファ席にだけは何があっても座らないようにしている。)

まぁ与太話は置いておこう。
しかし、世の女性方が男性の人を「あの人は優しい人だよね」って判断する瞬間を、個人的にはどうしてもすんなりと飲み込めないことがあるので今日はそのことについて書きたい。

ちょっと前に読んだ向田邦子さん(脚本家)の「夜中の薔薇」というエッセイの「女を斬るな狐を斬れ」という章がある。

その中には時の横綱、朝潮関(現高砂親方)と新幹線で席が隣になったエピソードが綴られている。

もちろん朝潮氏は力士だけあり堂々たる体格をしている。
新幹線も満員状態だったため、彼は身を固く縮め、なんとかその巨体が隣の席にはみ出さぬよう、隣の人に迷惑をかけぬよう注意をしていたらしい。
しかしどうしても連戦続く横綱たる力士、移動中はこくりこくりと眠りに襲われてしまう。
その度に向田さんの体に横綱の圧が迫るわけだが、太りたくて太ったわけでもないその悲しき巨体を不憫に思い、向田さんも多少は我慢しようという気持ちでいた。
しかし朝潮関は少し眠りについては起き、その大きな体が隣の向田さんの邪魔にならぬよう改まってまた身を固く縮める、というのを何度も繰り返していたらしい。
そして降りる際には深く頭を下げ一礼して去っていったらしいのだ。
まるで無駄に巨大に生まれて、無駄に力のある熊が、なんとか森の小さな動物たちを傷つけないように生活するが如く、朝潮氏は満員の新幹線を気を張りながら乗り抜いた。
そんな朝潮関を見て向田さんは「やさしい人だな」と感じた。

そんなお話。

まぁもちろんこんなのは太っている方が悪いとか、太ってるからこそ成せるやさしさだ！！と思われるかもしれないが個人的には
あ〜、やさしいってこういうことなんだろうな
と、なんだかスーっと腑に落ちたのだ。
もしかしたらやさしいというものではなくて、誰かに迷惑をかけない。
誰かの身になって考える、そういうことなのかもしれない。

要は表面的ではない、本質的なやさしさ。
「世の中が言うやさしさ」
ではなく
「あなたに向けられたやさしさ」
「あなたに必要なやさしさ」

そんなものを、誰かに対する「やさしい」の基準にしてはどうだろうかと思う。

車道側を歩いたり、ソファ席を譲ったり、そんなものは大したやさしさではない。
気が利く、そんな程度の話だ。
気が利くやつはごまんといる。
でも気が利くからといってやさしいわけではない。

たとえ堂々と歩道側を歩く彼でも、あなたが困った時にしっかりと話を聞いてくれるかもしれない。
ソファ席に真っ先に座った彼が、あなたが泣きたい時に仕事も放り投げて駆けつけて胸をかしてくれるかもしれない。
そうしたらきっと彼は「やさしい男」
なんじゃないだろうか。

気が利くとはちょっと違う。
あなたに向けられたやさしさ、あなたに必要なやさしさ。
そういうものを与えられるやつが「やさしい男」なのだ。

人は一回こっきりのデートや合コンでは表わしきれない良い部分をきっとたくさん持ち合わせている。
人見知りの人がいたり、他の人がいると強がってしまう人、一見無愛想でも実は親身に話を聞いてくれる人、本当にいろんな人がいる。
きっと一回会っただけでは見えない部分がたくさんある。
じゃあ何回こなせばいいのだ！！と言われたらもちろん分からないけれど、その人の本質が少しでも垣間見えるくらいに付き合ってみるのも時には悪くないんじゃないかと思う。

以上。一回こっきりのデートや合コンでなかな結果が出せない人間の愚痴でした。
あと実は最近のテラハを見ていて思ったことでもありました。
カイ君ね、可哀想だよね。

もちろん車道側を歩いたり、ソファ席を譲ることだって「やさしい」行為ではあるのだと思うけれど。
そんなことは……ね！！

ね！！

では！！