一力遼棋聖のエピソード
1 一力先生が休暇を1か月もらったら?
『もし1か月休みがあったらどうしますか?』という質問への答えには性格がよく表れる。
藤井聡太竜王は『棋力が落ちたら困るので変わらず将棋をするかな』と返答したそうだ。
一力遼棋聖に同じ質問をしてみたらどうなるだろうか。
2022年、一力は68局対局で47勝21敗だった。週に1局以上のハイペースである。
そんな一力も9月の1カ月間、手合いがなかった。
一力が出した答えは『実家に帰省する』というもの。
父方の実家に赴き、仙台を中心に観光。
母方の祖父母と会ったときは母の案内で鎌倉を楽しんだ。
久しぶりにまとまった休暇をとった一力は心身ともにリフレッシュした。
気分一新した一力はさらに研究へ打ち込む。
年明けに行われた棋聖戦七番勝負では芝野虎丸名人を破って防衛を果たす。
その後はテイケイ杯俊英戦三番勝負で芝野虎丸名人相手に勝利するなど、13連勝を含む24勝4敗(5月16日現在)という抜群の成績を上げた。
1か月の休暇をきっかけに絶好調となった一力が本因坊戦七番勝負でどのような碁を魅せるか注目である。
2 棋聖のダイエット
若い頃から健啖家だった一力遼棋聖は食べることが大好きだ。
栄養をしっかり取った一力は棋力だけではなく、身体も順調に成長していく。
成長期を過ぎると体重が増えてきた。
『温泉地で一緒に仕事した際、一緒にお風呂に入ることに。
偶然、計った体重が目に入りました。
見た目よりも重いという印象です』
と兄弟子の安斎伸彰八段は語る。
ダイエットと体力増進を目標に一力は運動量を増やす。
ジョギングや水泳で体を絞った。
同時に食事量も制限する。
2023年、棋聖戦七番勝負の序盤では午前中におやつを頼まず、ジュースだけで済ませた。
対局者の芝野虎丸名人は『二日制の1日目ではおやつがとても楽しみ。
脳内の比重が盤面よりもおやつが高くなる場合もあります』と笑顔で語る。
ほとんどの棋士がおやつを食べる中、一力がおやつを固辞したため、ちょっとした話題に。
ストイックな一力のダイエットは成果がすぐに表れ、体重は順調に減った。
棋聖戦七番勝負の後半戦からは午前中もおやつを食べ始める。
おやつによる栄養補給が奏功し、第6局は一力が中押し勝ちで初防衛を果たした。
3 兄弟子、安斎伸彰八段
一力遼棋聖と安斎伸彰八段は共に宋光復九段門下だ。
兄弟子の安斎は一力が9歳の時から稽古をつける。
初めは三子置かしての指導となった。
「出会った頃の一力は三子で負けると泣いていました。
傍目には僕が子どもをいじめているようにしか見えないので困りましたね」
と安斎は振り返る。
一力が入段間近になると手合いは互先に。成績もほぼ互角になる。
「兄弟子の威厳を保つため、二連敗を避けるのが目標でした」と安斎は語る。
日本棋院の棋士控室で一力と安斎が練習碁を打っていると緊張感が張り詰める。
入室するのもはばかれるような雰囲気だった。
安齋も順調に活躍し、おかげ杯で第2回と第3回を連覇する。
三連覇がかかった第4回の決勝で安斎の目の前に立ちはだかったのが一力だった。
同門対決は弟弟子の一力に軍配が上がり、初優勝。
安齋としては大きな壁を自分で育ててしまうという皮肉な結果となった。
『若いうちから何度も対戦して、自分とはモノが違うと実感していました。
弟弟子に負けるのは悔しいですが実力の世界なので仕方がないです』と安斎は語る。
2023年7月1日現在、安斎は『対戦成績は僕の1勝10敗ぐらいです』と語る。