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「いとしのレイラ」、ふたたび 【column】
正月は、だいたいテレビがつけっぱなしになる。元旦のニューイヤー駅伝、2日3日は箱根駅伝。いうなれば正月のBGVだ。大学ラグビー選手権も母校はほぼ出場するから、それは真剣に観戦するが。
そんないつもの正月のテレビから懐かしい曲が聞こえてきた。デレク&ザ・ドミノスの「いとしのレイラ (Layla)」だ。
「ああ、またこの曲を使う会社があったか。名曲だしな」
と耳で曲を追っていた。かつて属した三菱自動車もCMに採用した曲だ。
ナレーションが被ってくる。そこで初めて、私はテレビを見る。
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荒野を疾走するトライトン、デリカD:5。ヘビーレインを駆けるアウトランダー。アドベンチャースポーツや少年野球、かつて無敵を誇ったWRC(世界ラリー選手権)のランサーエボリューション、パリ・ダカールラリーのパジェロ、そして今のアジアクロスカントリーラリーに挑むトライトンがモンタージュされている。
このコマーシャルにSNSは即座に反応し、沸いた。
かつて消費者の信頼を失い、外資の傘下で出直しを始めた頃のCM曲だ。その時代に「これでもか!」と流れた曲が再び採用されたことへの懐かしさ以上に、これからの三菱自動車への期待の言葉が溢れる。当事者であり「当時者」の一人として、感慨深さは別格だ。
だが、SNSの投稿にもネガティブなものがないわけではない。
「過去の栄光にしがみついて・・・」
おそらく昔のモータースポーツ映像を取り込んでいたことを指してのことだと思う。
だが「いとしのレイラの時代」は、栄光よりも苦難の時代だった。
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商品のリコール情報を長期間隠蔽してきたことの露見に端を発した経営危機により、三菱自動車はダイムラー・クライスラー(当時、以下DC)の出資を受けて出直しを図った。
外資参入による変革スピードは早く、主要ポストをDCから派遣された幹部が占める中、大胆な人事も行われた。宣伝部長に40代なかばの日本人プロパー社員が登用されたのだ。
そのもとで進められたのが
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デレク&ザ・ドミノス(エリック・クラプトン)の「いとしのレイラ」を採用したCMはいくつものパターンが製作され、さまざまなメディアミックスにも取り組んだ。
FMラジオのJ-waveや創刊まもない自動車ライフスタイル誌・ENGINEとのタイアップも音楽との親和性を元にしたものだ。
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(名刺は当時別冊付録を担当した現 副編集長のもの)
市場の拒絶反応の強い苦境にあっても、ファンが離れなかったのがRALLIART(ラリーアート)の名で推進してきたモータースポーツだった。
WRCは新しい車両規定(ワールドラリーカー)への対応に遅れ戦績は下降の時期だったが、パリダカでのパジェロは連勝を続け、ラリーだけが三菱自動車の存在を誇示する材料だったと言って良いだろう。そこをDCが見逃すはずもなかったが。
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だが、ダイムラー・クライスラー主導の時代も長くは続かなかった。DCは分社された大型車事業・三菱ふそうと共に去った。
以後三菱自動車は車種を絞り、日本で最も規模の小さい量産自動車メーカーとして生き延びてきた。
そこから長い時間をかけて取り組んできた信頼と経営の回復努力の甲斐あって商品の評価も高まり、2022年には中断していたモータースポーツ活動も再開し「チーム三菱ラリーアート」も復活した。長い道程だった。
そして2025年の今、再び「いとしのレイラ」。
その曲と冒険というキーワードとともに示した映像から、耐え忍んだ苦難の時代を決して忘れず新しい道を切り拓いて行こうという決意が読みとれる。
冒険は始まったばかりだ。だが、時代が変わる予感がする。確信に変わる日も、遠くないだろう。
★ 著書紹介
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